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ベッドに潜り、目を瞑る。
――また、あの夢だ。
卯子酉丁酉とアンフェールが親しくなっていく、そんな光景を俯瞰して眺めている俺視点の夢だ。
目を覚ませば、見慣れた天井が視界に入った。汗で張り付いたシャツを剥がしながら俺は起き上がる。
「……はあ」
ぐっすり眠りすぎるのもあまり良くないのかもな、なんて思いつつ俺はベッド側に置いていたハルベルからのプレゼントの香油を手に取り、ベッドから遠ざけだ。
今回も断片的な記憶を覗いているような夢だった。
アンフェールと丁酉の交流を眺めてるだけで、他に目新しい情報もなにもない。ただ、モヤモヤとしたものだけが腹の奥に残っていた。
恐る恐る薄目で鏡を確認すれば、そこにはいつもと変わらないリシェスの顔があってほっと息を吐く。
なにがトリガーになって夢に変化が起きているのか。あまり考えたくなかったが、ストレスを覚える度に記憶が掘り返されているのだとすれば厄介だ。
不意に部屋の扉が叩かれる。気付けばハルベルが部屋にやってくる時間になっていた。
俺は寝汗で汚れた寝間着を脱ぎ、制服のシャツを羽織る。
そして、扉の外で待つハルベルを迎えることにした。
「リシェス様、おはようございます」
扉を開けば、いつもと変わらない笑顔を浮かべた優男が立っていた。
「……ああ、おはよう」
「なんだかまだ眠たそうですね」
「そうだな。ハルベル、お前の土産のお陰だな」
「早速試されたんですね。……確かに、微かにいつもと違う匂いがしますね」
「お……おい、嗅ぐな……っ!」
犬のように当たり前のように首筋に鼻先を近づけてくるハルベルにぎょっとする。慌ててその顔を抑え、引き離せばハルベルは「あっ、すみません!」と慌てて頭を下げるのだ。
「つい、癖で……」
「それ、他のやつの前でやるなよ」
「ええ、もちろん。リシェス様にしかしませんよ」
「……お前な」
呆れて突っ込む気にもなれなかった。
……けれど、そんなに変わるものなのか。まだ寝ている間、枕元に置いていただけなのに。
自分では匂いの変化が分からないが、ハルベルが言うのならそうなのかもしれない。
けれど、体臭について言及されるとやはりなんとなく厭なものを感じて俺は念の為制御剤を飲む。
それを用意した水で喉奥へと流し込めば、ハルベルが心配そうな顔してこちらを見た。
「あれ、薬もう飲むんですか」
「……ああ」
「リシェス様、最近頻度多くないですか? あまり服用されて副作用が出たりでもしたら……」
「一日の上限は守っている。……問題ない」
「リシェス様……」
間違いが起きるよりかはましだ。
アンリ相手にはヒートの効果はなかったが、それでもあのとき俺が薬を服用してさえすればあんな無様なことにはならなかったはずだ。その後悔が大きかった分、常に薬は切らさないように、万が一なくしたときの予備も持ち歩くようになっていた。
「……ヒートの症状が重いのでしたら、一度医者に見てもらう手もありますが。もしかしたら薬があっていないのかも……」
「そういうわけじゃない。ただ、俺がきっちりしておきたいだけで症状は問題ない」
……そのはずだ。
毎回ヒート時は理性がなくなるおかげで記憶も朧気になるのだ。ただ、そのとき覚える強烈な熱と苦痛じみた飢餓感だけはしっかりと残ってる。
「いっそのこと、こっそりとアンフェール様に噛んでもらうのはいかがですか?」
「は?」
さらりとハルベルの口から出てきた言葉に思わず俺はハルベルを見上げた。
「お、怒らないでくださいね。……ほら、言うではありませんか。オメガの方は番が出来ればヒートが収まると」
そういえば、そんな話を聞いたことはあった。
けれど、婚約者とはいえどあのアンフェールが噛むのかとなると難しい問題のように思えた。
「症状が重くて辛い、とリシェス様の方からアンフェール様に告げれば流石に考えてくださるのではないですか?」
「……考えたことなかったな」
「でしょうね、お二人とも真面目ですから」
お前は違うんだな、という言葉は敢えて飲み込んだ。
けれど、それが実現するかはさておきなんだか道が開けたような感覚だった。
「検討してみよう」と俺は首輪に触れる。そうか、そんな考え方もあったのか。ハルベルは「僕が言ったっていうのは秘密でお願いしますね」と苦笑した。
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