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 運命の番が見つかるまで、リシェス様をお守りする――そう決意するも呆気なくその役目を終えることになった。  アンフェール・ジークルト様が現れ、運命の番だと分かってから婚約を結ぶまであっという間のことだった。  婚姻関係なんて言わば政略的なものだ、それならせめてリシェス様に恋愛結婚させてほしいと思ったが、リシェス様はあっさりとアンフェール様に惚れてしまわれたのだ。  本当に大丈夫なのかと心配にもなって個人的にアンフェール様の身辺の調査も行ったが、実直で真面目すぎるほどの堅物、女遊びもせず訓練に明け暮れるようなストイックな文武両道の人物だと聞いて僕はなんだか脱力したのだ。  それと同時に、リシェス様が惚れるのだから当たり前だとも思った。リシェス様は賢い方だ。いくら立場があろうとも、運命だろうがなんだろうがつまらない人間とお付き合いはなされない。  そう分かった途端、自分の存在意義が分からなくなった。  しかも、何故だがアンフェール様には嫌われている。これはもしかしたら身辺調査したときに見つかって警戒されてるのかもしれないが、だとすると余計自分がリシェス様の隣で騎士気取りをするのは違うのではないかと気付く。  それから、僕はリシェス様とアンフェール様を影から見守り、支えると決めた。  ただの世話係として、リシェス様のお世話はする。以前ほど一緒にいることもなくなった。  そんなある日、リシェス様が寮制の学園に入学されることになった。  アンフェール様とご一緒の学園らしい。どうやらリシェス様から提案されたという。 「ハルベル、お前も入学しろ。手続きは済ませてある。……くれぐれも、リシェスから目を離すなよ」  旦那様から呼び出され、そう言い渡された僕はただ「畏まりました」と頷く。  何故寮制なのかと思った。それも、事情を知らぬ男がいる巣窟だ。そんな場所にリシェス様を単身で送り届けるわけにもいかない。  僕も、旦那様と同じ気持ちだった。  リシェス様はきっと親元から離れても大丈夫だということを証明したいのだろう。そして、安心させたいのかもしれない。  その頃にはもう旦那様も奥様もリシェス様の性についてどうこう言うこともなかったが、リシェス様はずっと気にされていた。  これがリシェス様なりのケジメなら、僕もそれに付き合うまでだ。  もしかしたらただアンフェール様と同じ学校に通いたいからという理由なのかもしれない、と一瞬でも頭を過ぎらなかったわけでもないが、だとしても僕のすることには変わりなかった。  それから学園に入学し、あっという間に時間は進んだ。  今まで自宅で家庭教師を呼ぶことが当たり前だったリシェス様にとって、同年代の人間に囲まれて送る生活は慣れないことの方が多かっただろう。  それでも、リシェス様だ。  最初はΩの貴族という理由で他の貴族たちから揶揄されたりもしたが、あっという間に周りの生徒を叩きのめして尻に敷いては生き生きとしているその姿を見て僕は胸を撫で下ろした。  リシェス様はやはり逞しい方だ。僕が手を下すまでもなかったが、これからはリシェス様の手を汚させずにしなければ、と思った。  そのために僕がいるのだから。 「アンフェール、仕事は終わったか?」 「終わったが、お前に付き合う暇はない。これから巡回だ」 「そんなこと、下の奴らに任せたらいいんじゃないのか。お前は偉いんだろ?」 「……おい、執事。こいつをどこかに連れて行け」  某日。この学園生活にも慣れてきた頃。  毎日のように放課後になるとアンフェール様の属する生徒会執行部の執務室を訪れるリシェス様にアンフェール様は我慢を切らしていた。  にこにことリシェス様を眺めていると、アンフェール様はこちらを睨む。 「申し訳ございません、アンフェール様。……リシェス様、僕とお茶にでもしますよ」 「ハルベルと?」 「ええ。……アンフェール様はこれから出られるようですし、邪魔をしてはいけません」 「……分かった」  むす、とむくれながらも頷くリシェス様。  その目はやはりアンフェール様を見ていた。  恋をすれば人は変わるというが、ここまで変わるなどと僕も思わなかった。  とはいえど、僕からしてみればかわいいものだ。子供のようにくっついて必死に気を引こうとするリシェス様は愛らしいが、アンフェール様の立場も分かる。  それに、アンフェール様の方が家柄的にも上だ。旦那様からはくれぐれもアンフェール様に失礼がないように、とも言われていたことを思い出しながらも僕はリシェス様を連れて執務室を後にした。 「アンフェール、いつも仕事していないか? 他のやつは無能なのか? ……俺が執行部に入ったら、アンフェールの仕事も全部手伝うのに」 「本当にリシェス様はアンフェール様のことを好いてらっしゃるのですね」 「……なんだよ、お前も小言を言うのか?」 「いえ、そうではありません。この学園に入学することになって一時期はどうなることかと思いましたが、リシェス様が楽しそうで僕も嬉しいです」  執務室を出たあと、リシェス様とガーデンテラスでお茶をしているときだ。  僕の言葉に、ティーカップを手にしていたリシェス様はバツが悪そうに眉を寄せる。 「……俺は家でそんなに楽しそうじゃなかったのか?」 「いえ、そういうわけではありませんが……やはり息苦しそうだなとは感じましたね」 「……まあ、実際間違いではないがな。父様も母様も、ジークルト家との繋がりを手に入れたことで多少Ωでも役に立つのだと分かったんだろ。多少マシになったけど、俺からしてみればその優しさが余計効く」  言いながら、少し寂しそうに目を伏せられるリシェス様。睫毛の影が目元に落ち、その光景から目を離すことができなかった。 「リシェス様……もしかして、学園に入学を決めたのはそれが理由ですか?」 「正確にいえば、違う。……アンフェールと出会ってから、どれだけ自分が世間知らずなのかを痛感した」 「やはり、アンフェール様がきっかけでしたか」 「やはりってなんだよ。……言っておくが、ただなにも考えずにアンフェールの尻だけを追いかけてきたわけじゃない」  そうなのですか、とケーキの角を思わず削り落としてしまう僕に「やっぱりそんな風に思っていたのか」とリシェス様は溜め息を吐いた。 「色々、学びたかった。勉学も剣術もそうだが……人との付き合い方を」 「……リシェス様、やはりアンフェール様に避けられていることを気にされているのですか?」 「ハルベル、お前もう少し遠慮できないのか」  申し訳ございません、とうなだれれば、「まあいいけどな」とリシェス様は小さく咳払いをする。 「お前も俺を甘やかす。お前だけじゃない、家中のやつらもそうだ。……今のうちに揉まれていた方が、家を出たあと多少困らないだろ」 「リシェス様……」 「アンフェールのことも勿論尊敬している。けれど、それだけじゃない」  絶望して打ちひしがれるだけではない。敢えて、味方が少ない状況に自分の身を置かれてそれを楽しむなんて、やはりリシェス様だ。  けれど、その話を聞いて安心した。 「でしたらまず、アンフェール様に嫌われないための距離感を覚えないとですね」 「だからお前は言い方には遠慮しろ」  そんなやり取りをしながらも、こうして側でリシェス様に付き添えることに感謝する。  リシェス様との学園生活は色々あった。  日々成長するリシェス様をこの目で見て、それをお屋敷で待つ旦那様と奥様へと手紙を綴っては定期的にリシェス様の近況を定期報告をしていた。  楽しいことばかりではなかったが、その分得られるものもあった。  ――けれど、そんな学園生活は呆気なく壊れることになった。  たった一人の人間、《ウネドリテイユウ》が転校してきたことによって。

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