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 ――何故、こいつがいるのだ。  木陰の向こう側、庭園でアンフェール様となにやら話してる卯子酉を睨んだまま無意識の内に親指を噛みそうになり、手を離した。  そもそもこれが夢でなければなんなのだ。  卯子酉のせいで起きた悲劇もなにかもまだこの眼に焼き付いたままだというのに、更にそれを繰り返されていると理解した瞬間、僕は気付いた。  これは神が与えた試練なのだと。  僕がリシェス様を救うための好機なのだと。  それ以外、リシェス様が死ぬまでのあの一日までを繰り返す理由が見当たらない。  それから僕はなんでも試した。リシェス様が嫌われないようにと卯子酉を自ら陥れようとしたし、アンフェール様を説得しようともした。  けれど、いつだって結果は変わらない。リシェス様は何度もあの寂しい懲罰房で命を落とされる。  自分のしていることが無意味なのだと思いたくなかった。……ただ無意味に僕だけが繰り返されるこの地獄のような日々を見せつけられているなど。 「ハルベル、……おい、ハルベル?」 「……はい、なんでしょうか」 「顔色が悪いぞ、お前。……どうしたんだ?」  何度繰り返したか覚えていないどこかの世界のとある日のこと、卯子酉がきてから一週間ほど経ったこの世界のリシェス様は僕のことを心配そうに覗き込んでくる。  ご自分だって眠れていないのに、僕のような人間までも気を向けてくださるリシェス様はやはりお優しい方だと思う。  するりと伸びてきた細い指に頬を撫でられ、思わずその手を取ってしまえば、リシェス様は驚いたように僕の手を振り払った。 「……おい、勝手に触れるなと言ってるだろ」 「申し訳ございません、つい」 「はあ。……最近おかしいぞ、お前。一日くらい休んだらどうだ」 「しかし、リシェス様――」 「俺も子供じゃない。一日くらいお前がいなくとも問題はない」 「――そう、ですか」  リシェス様は僕のことを想って声をかけて下さったのだろうが、その一言は僕にとっては打撃を与えた。  僕の存在意義を否定されたような、実際に違うと分かっていても今までリシェス様の死を回避するために心身すり減らしてきてしまったこの精神状態で聞くと余計に堪えてしまう。  ――逸そのこと、リシェス様にはアンフェール様を諦めてもらうべきなのではないか。  悪魔のような思考が自分の中に目覚め始めていることに気付き、ゾッとした。  リシェス様から半ば強制的に自室へと帰されたあと、自分の掌を見つめた。何度も汚れてきた手には先程のリシェス様の手首の感触がまだ残っているようだった。  手の中にすっぽりと収まる細い手首はあまりにも頼りなく、そして脆い。 「……」  もしかしたら、リシェス様はアンフェール様では幸せになれない。だから何度二人の仲を取持とうとしても失敗してしまうのかもしれない。  ――だとしたら、僕がしていることがなんの影響も及ばない理由も無理もない。  ならば、僕だったら?  ずっと見てみぬふりしてきていた、閉じ蓋をして煮込み続けてきた腹の奥の底に溜まったどろりとした感情が溢れ出しそうになる。  黒い首輪に隠された真っ白な項。あそこに噛み痕一つつければ、リシェス様を番にすることはできる。  そんな湧いて出てくる悍しい思考に頭を振り、無理矢理それを振り払った。 「リシェス様……僕は、……僕は」  なにが正しいのでしょうか。そもそも、僕が間違っているのでしょうか。  逆らうことに諦めることが正解なのでしょうか。  いっそのこと、全てをリシェス様にぶちまけることが出来たならば。  アンフェール様を諦めてもらうように説得できたのなら――アンフェール様よりも相応しい男を探してくることができたのなら。 「……リシェス様」  時間は有限だ。一先ずこの世界を終わらせるため、僕はナイフを手にしてリシェス様の元へと向かった。

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