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リシェス様の身の回りで起きているという異変のことは気がかりだった。
言われたからといって本当にただのんべんだらりとリシェス様の隣で過ごすつもりもない。
リシェス様が口では言わないのなら、自力でもリシェス様の負担になっている現象について調べ追求するつもりだった。
しかし、 自分の思惑とは裏腹に穏やかな時間が過ぎていく。
違和感といえば、リシェス様が首輪をしていないことが一つあった。
聞けば、「首が締め付けられて窮屈だから」とリシェス様は言っていた。リシェス様の言葉を疑うつもりはないが、『何故今更そのように感じ始めたのか』という疑問はあった。確か、昨日部屋を尋ねたときも首輪を外していた。
その身の回りの異変に関係しているのだろうか。そもそも成長期とも言われる年齢だ、おかしなことではない。首輪のサイズを新調するか尋ねたが、「そうだな」とリシェス様は呟いた。
「後で、アンフェールには会いに行く」
今リシェス様が着けられている首輪はアンフェール様が用意されたものだった。アンフェール様に首輪を選んでもらえるのならば、リシェス様にとっても喜ばしいことだろう。「ええ、それがいいと思います」と僕は頷いた。
それから、授業に出る。
昨日よりもリシェス様の体調は回復されているようだ。時々険しい顔をして考え事をされてること以外は、至っていつもと変わらないリシェス様だ。
リシェス様の身の回りにも目を光らせていたが、異変という異変は特にはない。いつもの自称リシェス様の親衛隊とやらが裏でこそこそしているのを取り締まったりしたが、彼らも表立って何かをしているわけでもなさそうだ。
リシェス様がなにに対して違和感を覚えているのかは相変わらず分からない。が、少し気になることと言えばリシェス様のアンフェール様への態度だった。
以前のリシェス様ならば恋する乙女のような目でアンフェール様を見つめていたが、今はそれがないのだ。
積極的にアンフェール様と関わろうとしているのは分かるのだが、以前ほどの好意を感じない。
リシェス様だって大人になられている。落ち着いただけだと言われれば確かにそうなのだが、リシェス様なのにリシェス様ではないような、そんな輪郭のない漠然とした違和感のようなものが芽生えていた。
そして、それはアンフェール様にも言えた。
以前はアンフェール様はリシェス様を冷たくあしらっている姿をよくお見かけしたが、今はどうだ。一歩引いたリシェス様と一緒にいるアンフェール様は以前とはまた別の印象を受けた。
客観的に見ればいい傾向なのかもしれないが、問題はそれ以外のときだ。アンフェール様の周辺の空気がピリついているようだ。
リシェス様に直接どうこうあったわけではないし、関係ないのかもしれない。しかし、アンフェール様はここ数日様子がおかしいと周辺の者たちが口々にしているのを聞いた。
そんなある日のことだった。この学園に転校生がやってきた。
朝方、学園周辺の森で魔物に襲われそうになっていたところを見回り中の執行部率いるアンフェール様に保護されたという黒髪黒目の少年だ。アンフェール様と一緒にいるところをたまたまリシェス様と僕は遭遇する。その流れで自己紹介することになったのだが、
「よろしくお願いします、ハルベルさん」
そう手を差し伸べてくる転校生――八代杏璃の犬のように大きな目で見つめられた瞬間、ドクンと心臓が跳ねた。
何故自分の心臓が反応しているのか分からなかった。目の前にいるのはただの至って平凡などこにでもいるようなありふれたたったひとりの少年だ。
ただの動悸なのだろうか。疑問に思いながらも一旦それを無視し、僕は「よろしくお願いします」と八代杏璃の手を取った。
それから流れで、リシェス様と僕で八代杏璃に学園の案内をすることとなった。
――八代杏璃は奇妙な男だった。
最初は少年なのかと思ったが、話しているとただ幼さの残った青年のようにも見える。柔らかな印象の裏腹に硬い芯のようなものを感じたし、それでいて八代杏璃のことをなにひとつ理解することはできなかったのにするりと頭の中に入り込んでくるように僕と八代杏璃は意気投合した。
そんなとき、ふとリシェス様の方を見ていたら他愛ない話で盛り上がっている僕たちを怯えたような顔をして見ていたリシェス様に気付いた。
そこで気付いた。それと同時に自分の役目をすぐに思い出す。
――もしかして、この男がなにか関係あるということなのか。
それはただの勘でしかないが、少なくとも今までリシェス様が理由もなくあんな顔をされることはなかった。嫉妬とも違う、焦燥感によく似たその表情からリシェス様はこの転校生の存在に対してなにかしら思うところがあるのかもしれない。
「ハルベルさん、どうされましたか?」
「いえ、なにも。……それより、私には敬語は不要ですよ」
「え、でも……」
「気にしないでください」
「ありがとうございます……あ」
「ゆっくりでも大丈夫ですよ。少しずつ、焦らなくても結構なので」
アンリは恥ずかしそうに笑った。
――この男になにかがあるのなら、それを突き止めていち早くリシェス様に安寧を届けることが僕の役目だ。
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