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 こんな血腥い体でリシェス様に会っていいのか分からなかった。けれど、嫌な予感がしたのだ。考えるよりも先にリシェス様の部屋の扉を叩く。  けれど反応はない。 「……リシェス、様……」  恐る恐るドアノブを掴んだ瞬間、激痛にもにたような感覚が手のひらから全神経に走った。咄嗟にドアノブから手を離しそうになったが、僕はそれを無視して一気に扉を開いた。瞬間、眩い色とりどりの光が視界を埋め尽くした。眼球を刺すようなほどの強烈な光に堪らず目を覆う。しかし、網膜に焼き付いたそれは目を閉じてもずっと瞼裏に存在していた。 「……っ、リシェス、様……」  やがて光が収束していったとき、その部屋の向こうには見慣れた光景が広がっていた。椅子に腰をかけ、紅茶を口にしていたリシェス様は「何を突っ立っているんだ」と不思議そうにこちらにその目を向ける。 「……リシェス様、何故……」 「何故とはなんだ。それより、早くこっちにきたらどうだ。……やはり、お前が淹れた紅茶じゃなければ物足りない」 「……、……」  これは、夢なのか。この時間帯にリシェス様が起きているはずがない。のに。 「――ハルベル」  その唇で名前を呼ばれると、脳が、細胞が、従おうとする。この人のためにと体は勝手に動いていた。畏まりました、と僕はリシェス様の元へと向かおうとしたときだ。  自分の足が動かないことに気付いた。  まるで床に影ごと縫い付けられたかのように足はぴくりとも動かないのだ。 「何をしてるんだ、ハルベル。そんなところに突っ立って」 「……っ、申し訳ございません、すぐに……」  向かいます、と動こうとするが、動けない。体が岩になったみたいに言うことを聞かない。  じれったくて、歯痒くて、何故だ、と無理矢理体を動かそうとしても動けない。そんな俺を見て、リシェス様は「仕方ないな」と言わんばかりに椅子からゆっくりと立ち上がるのだ。 「そうやって、俺の気を惹こうとでもしているのか? ……ハルベル」  そして、目の前までやってくるリシェス様に心臓が跳ね上がる。  頭一個分低い位置にあるリシェスの頭から薫るのは甘い花のような薫りだ。普段ならば絶対にここまで近づかないはずなのに、すぐ鼻先、少しでも動けば抱き締められそうなほどの距離にあるリシェス様の体に全身が硬直する。 「り、しぇす様」 「お前はいつもそうだな。……饒舌なくせに、肝心なことは何一つ口にしない」 「……っ、……」 「俺が何も知らないと、何も気づかないほど幼稚な子供にでも見えたのか」  形のいい唇が迫る。長い睫毛で縁取られた双眼は僕の間抜けな顔を映し出していた。  ――リシェス様は、こんなことを言わない。分かっていたからこそ、目の前の光景に困惑する。  これは、夢だ。夢のはずなのに。  開いたシャツの襟の下から真っ白な肌、ほんの少し前屈みになるだけで開いた胸元からはその薄い体が覗き、視線を逸らさなければならないのに動けない。  違う、これは僕の願望だ。浅ましく悍しい僕の深層に隠された願望が形になって現れている。――こんな、最悪な形で。 「っ、リシェ……っ」  リシェス様、と言いかけたその先の言葉は出てこなかった。背伸びをし、ぷちゅ、と柔らかく重ねられる唇に物理的に言葉を塞がれたからだ。  触れるだけ、押し付けるだけの稚拙なキス。それも、リシェス様からの。  有り得ないと分かってるのに、そのまましなだれかかってくるリシェス様の指が僕のシャツを脱がそうとしてくるのを見て息を飲む。 「っ、い、いけません、リシェス様、貴方には……っ」 「――お前がいい」 「っ、――」 「……聞こえなかったのか? お前がいい、と言ったんだ。ハルベル」  ぷち、と一つ一つボタンを外してくるリシェス様。それでも尚、体は動かない。  逃げ出すこともなにも出来ない僕の体に触れてくるリシェス様。体をぴたりと寄せ、たどたどしい手付きでシャツを脱がしてくるリシェス様に口の中に唾液が滲んだ。  ――分かっていた。こういう幻覚がどういう意味があるのだと。  大抵ろくなことにならないと分かっていた。脳が都合のいい夢を見るときは大抵、目を覚まさなければまずいのだと。  この世に蜜のように甘い現実など存在しない。あまつさえ、僕の愛したリシェス様はこんな真似をしない。  そして、この夢を終わらせるためには。  手にしていたナイフを手にしたまま、胸元に顔を埋めてくるリシェス様の後頭部を見詰める。ちろちろと小さな舌で必死に胸元を舐めるリシェス様は生まれたばかりの仔猫のように甘く、とろけるような感触で。  ギンギンに固くなった下半身、膨らんだそこに自身を押し付けるよう、擦り付けてくるリシェス様は僕の反応を伺うようにその目を向けてくる。時折不安そうに、『これで合ってるのだろうか』と確かめるように、じっと。  気持ちよさや快感とは掛け離れた触れ合いだ。それなのに、脳の奥から溢れる多幸感に全身が満たされていく。  ――僕に、自分の手でこの夢を終わらせろというのか。  ――このリシェス様を殺して。 「……っ、ハルベル、ハルベル……気持ちよく、ないのか……?」 「……………………」 「ハルベル……?」 「リシェス様…………」  ほんのりと赤くなった頬に手を伸ばせば、びくりとその華奢な体が震えた。皮肉なものだと思った。僕の中から迷いが消えると同時に体は動くようになるのだから。  ――どこからが夢で、どこからが現実なのか。僕にはもう判断つかなかった。  リシェス様の部屋の扉を開けた瞬間?それとも自室を出た瞬間?失った記憶の部分こそが現実で、僕が今存在しているのは全て夢なのかもしれない。 「――僕のペニスをしゃぶってください、リシェス様」  この小さな口で。  そうリシェス様の柔らかな唇に触れれば、目を潤ませたリシェス様は小さく頷いた。

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