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 ◇ ◇ ◇ 「ユーノ、例の物は?」 「預かってる」 「あー、これかぁ。リシェス君から貰った手帳なんて羨ましいなぁ、僕も特注してもらおうかな。……はは、すっごいすっごい。能無しNPCのくせに頑張って書いてんじゃん」  ハルベル・フォレメクの手帳を手に、適当なページを開く。  汚い文字は日本語ですらないが、大方『大好きなリシェス様』と僕への悪口ばかり書かれてるのだろう。それと、アンフェール君とかかな。  朝焼けの空が射し込むリシェス君の部屋の中、床の上で気絶したハルベル君を見下ろす。起き上がる様子もない。だってそうだろう、その後頭部から溢れる血の量はいくらフィクションの世界の住人だとしても致死量だ。  それに、今回はただの肉体的な死とは違う。たった一枚のスチルの死ではない。 「これでハルベル君のデータのリセットは完了かな。……リシェス君ならまだしも、こいつに時間取られたのは面倒だったな。けど、こんなバグ放っておいたら後々邪魔だから仕方ないよね」 「アンリ」 「うん、分かってるよ。後はこの世界をやり直すことで完全にハルベル君が初期化される。……ユーノ、君を作ってて良かったよ。僕は時間管理が不得意だから」 「……」  ゲーム内の不具合を自動で感知し、異変を取り除く自律型AI。まだまだ不具合は多いが、今のところ進行不可なほどの不具合は起きていない。  ここに来るまでの道程は大変だった。  ハルベル・フォレメクにこれ以上他の世界の記憶を保有されてしまえばと思うとぞっとしない。  この世界はリシェス君と僕だけではならない。  もしハルベル君とリシェス君が記憶を共有することに気付いて対策を練られてしまえば、それこそこの世界ごと削除しなければならなくなってしまう。  それだけは避けなければならない。だから、リシェス君を殺す前にハルベル君だけをこの世界でループさせる必要があった。  多少手荒な真似は使ったが、どうせこの世界は使い捨てる予定だった。これ以上あいつの自己を肥大させては危険だ。  直接データを改竄した。既存キャラの削除とは訳が違う。リシェス君に異変を悟られないようなバランスを保つのは骨が折れたが、結果的には勝手に自滅してくれたようで助かった。  リシェス君の部屋に仕掛けたハルベル・フォレメク専用の修正パッチは無事働いてくれたようだ。その結果どうなったかは知らないが、お陰で簡単にフリーズしてくれたし。  蛻の殻となったリシェス君の寝室、その枕元に置かれた香油を嗅ぐ。僕からすれば無味無臭のただの半透明の液体が入った小瓶ではあるが、異常を来しているバグ元にとっては更にそれを深刻化させる効果がある。……即席で作ったプログラムだっただけに効能には不安があったが、よかった。  あとは自立したハルベル・フォレメクをこの世界に残したまま終える。そうすることで不安要素は取り除かれる。 「誰かが来る」そういうユーノに「わかったよ」とだけ答え、手にしていたハルベル君の手帳をポケットに仕舞う。  リシェス君だろうな。彼は優しいからきっとハルベル君の死体を見つけたら苦しむに違いない。そう考えたら多少胸は痛んだが、そんな必要はないのだと教えてやりたかった。  あの男は僕が介入するまでもなくリシェス君を目で追っていた。薄汚い欲望を抱えているくせに、まるで自分は違うとでも言うかのような顔をしてリシェス君の隣に立っていたのかと思うとひたすら吐き気を覚えた。 「ああ、早く……早くリシェス君をあの変態執事から解放させてあげなきゃ……」  ユーノから受け取った手斧を手に、僕はリシェス君をこの世界から救い出すために一度リシェス君の部屋を出た。  ◇ ◇ ◇

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