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第1話:秋生と智之の出会い

アキは自分が働いているカフェの横にある喫煙所で、 タバコをくわえたまま空を見上げた。 自分がくわえるタバコの煙の向こうに広がる青空を、ぼーっと眺め、 「あー、平和だねぇ」 のんびりつぶやいた。 カランカラン 店から出てきたのは、食事を終えた男性。 いつも昼過ぎに遅めのランチを食べに来る長身の大人しい青年。 おそらく二十歳は過ぎているのではないか。 艷やかな癖のない黒髪の短髪。顔は鼻筋が通っていて、女にモテるのではないか。 ふと喫煙所にいるこちらと目があった。 彼は軽く会釈をして帰っていった。 「…顔は好みだ」 カランカラン 「アキちゃーん、休憩終わるよー」 「んー」 カフェの中から顔を出してくる三咲から呼ばれ、 くわえていたタバコを灰皿にくしゃっと潰し、 店に戻る。 ランチタイムのラッシュが終わり、休憩を取っていたアキは、自分が勤務するカフェの厨房に入った。 「アキちゃん、そろそろタバコやめたらー?」 このカフェのオーナーである三咲が半眼でこちらを見つめる。 「んー」 生返事をして夕方の仕込みを始める。 一応、衣類の消臭スプレーをしてから店に入っているが、タバコを吸わない人からすると気になるらしい。 「アキちゃん綺麗だから、タバコも似合うけど…」 と三咲はもじもじ話す。 「ふっ、なにそれ」 アキは野菜を切りながらふっと笑う。 「だって男の子なのに、そこら辺の女の子より綺麗なんだもの」 自身もアキのファンである三咲はカウンター越しにアキを見つめてニコニコする。 アキ。本名:辻 秋生。アキオという名前が自分では嫌いなのでアキと呼ばれている。 見た目は整った顔立ち。華奢で金髪掛かったウェーブのショートヘア。 何にも執着しないさらっとした彼の性格に、このカフェにもファンが多い。 街で時々ナンパされるが、オネエだと知ると悪態を吐かれたりもする。 人間とは勝手なものよ。 「三咲もかわいいよ♡」 「その美形に言われてもねぇ」 とため息を吐く三咲。 三咲も実は女の子の中では小柄で可愛い方である。 見た目幼く見えるが、実は27歳のアキより5歳も年上である。 ちなみに既婚者。旦那様は三咲の同級生で一緒にこのカフェを切り盛りしてりる。 なかなか人気のこの店には、あと二人バイトがいる。 どちらも大学生で、夕方から手伝いに来る。 一日の仕事を終え、アキは帰宅中カフェの近くの書店で、カフェにいつも来ている長身のあの青年を見かける。 (ここで働いてんのか…) 書店の看板を見上げる。 店のエプロンをして本の整理をする青年を見つめつつ、 (今度のぞいてみよう…) 鼻歌を歌いながら、アキは帰路についた。 アキはここ数日、いつもカフェに来るあの青年を観察した。 改めて見ると、注文は毎回日替わりランチプレートを頼んでいる。 ドリンクは決まってブラックコーヒー。 好き嫌いはないらしく、残さず食べる。 (そこは、良いことだな) 育ちがいいのか食べ方も綺麗で、所作も丁寧。 (書店で働くくらいだから、本好き?賢そうだもんな…) ますますイイ男だな。 「ちょっと、アキちゃ〜ん」 「んー?なに」 昼のラッシュが終わり、店が落ち着いている時に、 三咲がアキに声を掛ける。 アキはカウンターを拭きつつ、返事する。顔は別の方角を向いている。 三咲は半眼で、 「最近、ともゆき君の事見すぎ」 「ともゆき君?」 だれそれと、やっと三咲に顔を向け、 「あんたが最近熱心に見つめている青年の事よ」 「あー、ともゆき君っていうんだぁ」 をへらへら笑う。すぐにキリッとして 「観察してる」 「へえ、彼にご興味が?」 「イイ男よね」 ふっと笑い、テーブルのお皿を片付ける。 まあ、どうこうなるとは思っていないけどね。 青年とは全く接点がない。 ふと気が付くと、レジ前のカウンターに黒い二つ折りの財布が置き忘れられていた。 「ん?」 持ち主を探るため失礼して、身分証明書がないか見る。 あの青年だった。 あの青年の働く書店は22時まで営業している。アキは早い時は20時には帰宅するため財布を届ける為に書店に訪れていた。 20時を過ぎていたため、あまり店内には人はいない。 アキは、店内をきょろきょろと見回し、店内整理をする青年を見つける。 「おーい、ともゆきくーん」 後ろから声を掛けられ、振り返る青年。 無表情で振り返った彼は、アキを見つけた途端に目を丸くする。 明らかにびっくりしている。 「あ、あの…?」 きょとんとしている彼に、アキはカフェで見つけた財布を差し出し、 「財布、店に忘れていってたよ」 「あ、俺の」 「はい」 財布を受け取り青年は、おずおずとアキを見下ろし、 「あ…ありがとう、ございます」 ふいに、視線を逸らす。 「いーよ、どうせ帰るついでだし」 ニコッと笑い、 「いつもうちのカフェに来てるよね」 「は、はい。この付近で一番ランチが美味しいので」 「そう?嬉しいな、作っているの私なんだよ」 「知ってます。キッチンで見かけるし」 「そ、じゃあまた、食べに来てね」 と踵を返すアキを、 「あ、あの!」 呼び止める青年。 「なに?」 青年は手をもじもじとして、 「いつも綺麗な人だなって見てました。お店でアキって呼ばれてるの聞いて…アキさんって呼んでもいいですか?」 「うん」 「その…アキさんみたいな綺麗な女性だと、きっと彼氏とかいるんだろなって思いますけど」 (ん…?) どうやら青年はアキを女性と勘違いしているようだ。 今までも間違われることはよくあった。 彼もそうか。 アキは頭をくしゃくしゃと掻いて、 「あのさ、ともゆきくん」 「じつは、その、俺アキさんの事…!」 とアキの手を握り、詰め寄る。 顔が近い… 「あれー?秋生じゃん」 と店の中から出たこの店の店主である純矢が能天気に駆け寄ってきた。 その声に固まるともゆき。 あー…とアキは頭を抱える。 「なに?どうした?」 「…相変わらず空気の読めない先輩だなっ」 「あ、何が?」 純矢は青ざめているともゆきに気が付き、 「お前、秋生と知り合いなのかー?」 「秋生って……アキさんのことですか?」 「ん?そうだよ?秋生だからアキって呼ばれてんだ」 ともゆきはガシッとアキの肩を掴み、 「ううう嘘ですよね?こんな美人なアキさんが男なんてっ!」 「ごめ〜ん、私ぃ男なんだ♡」 ともゆきはその場で膝から崩れ落ちた。 一人の青年の夢が見事に砕け散った瞬間だった。 あの日から一週間、智之はカフェに来なかった。 アキが男だった事がよっぽどショックだったのか。ピタリと来なくなった。 「若き青年の夢と希望を砕いた罪は重いわよ」 「砕いたのは純矢先輩だってば」 朝から仕込みをするアキに毒づく三咲。それに言い返すアキ。 でも、純朴そうな青年の夢を砕いた罪悪感のようなものがアキにもあった。 (なんで私がこんな気持ちなるのよ) 多少の気まずさはあったが、別に付き合っていて女と嘘をついていたわけじゃない。 カランカラン カフェに入ってきたのは、智之だった。 店はまだ準備中。 「まだ開店前…」 智之はアキの前にずんずんと詰め寄り、 まっすぐアキを見つめ、 「俺、アキさんの事ずっと女性だと勘違いしてて…」 「あ、うん」 「ごめんなさい!」 「え?」 頭を下げられて、アキはきょとんとする。 「なんでともゆき君が謝るの?」 自分の前で下げられた頭を見つめつつ、アキは尋ねる。 「この一週間考えて。女性に間違われて、勝手に俺がショックを受けて、…アキさんが傷ついてたらって」 「私が?」 智之はうなずく。 「だって勘違いするなんて相手の勝手じゃないですか」 「え…」 「俺いつも話すのが苦手で、でも・・・人には睨んでるとか、怒ってるとか勘違いされてばかりで、人付き合いが苦手なんです」 彼は彼なりに思うところがあったのか。 人の印象や勝手な価値観で傷つくことが、きっとこの子にもあったのだろう。 ただ、アキの場合と智之の場合はちょっと意味合いが違うが。 本当にいい男だな。 アキはくすっと笑い、頭を下げたままのともゆきの髪を優しく撫でた。 「ともゆき君は優しいね」 「……そんなことないです」 少し照れた声色になるともゆき。 ともゆきは頭を上げアキを見つめた。 「改めまして、間宮 智之です。22歳です。財布届けていただいてありがとうございます。 よろしくお願いします」 今更自己紹介をする。智之にフッと笑い 「辻 秋生です。27歳です。よろしくね」 二人は握手をして笑いあった。 また昼来ますと、智之は帰っていった。 その日の夜。 「アキさん」 コンビニの前の喫煙所でタバコを吸っているアキは、聞き慣れた声にスマホから目を離す。 智之だった。 「智之くん、今帰り?」 「はい。アキさんは?」 「コンビニでタバコ買っただけ」 と、灰皿にタバコを押し付ける。 「智之くんは電車?」 「はい、2駅くらいですけど。アキさんは?」 「私は駅の近くに住んでるよ。店の近くに住んだほうが都合いいしね」 「なるほど」 駅まで一緒に行くことに。 並んで歩くと智之はアキの頭一つ分大きい。 「智之くん、ほんとに背高いね。なんか部活やってたの?」 智之は頭を横に振る、 「うちの家族は全員背が高くて、部活には入ったことないんです…」 「ふっ、そうなんだ」 情けないという顔をする智之を見上げ、笑うアキ。 「じゃあキスする時も大変だね?」 「えっ」 「ほら」 と智之の胸ぐらを掴んで、屈ませる。顔をギリギリまで近づけ、 「ほら、こんなに屈まなきゃいけないね」 とケラケラと笑う。 最初はびっくりしていた智之だが、じっとアキを見つめ、 「そうですね」 智之はそう言って、 アキの頬にそっと手を添えて彼の唇に自分の唇を重ねた。 今度はアキの方が動きを止める。 でも、智之は強引にアキに口を開けさせて舌を入れてくる。 くちゃくちゃと、舌が絡み合う音が静寂な夜道に響く。 「んっ、はあっ、ち、ちょっと智之くっ…」 アキは最初抵抗しようと彼の腕を掴んだが、腰に手を回されしっかりと押さえられた彼の力は強くて離せない。Tシャツの背中の裾から手を入れられ素肌を撫でられる。嫌じゃないと思い、そのまま身を委ねた。 気持ちよくて、ゾクゾクして、反応しそうだ。 智之は口を離し、 「男性だって分かっても、アキさんの事…好きです」 月の光に照らされら智之の顔は、赤く染まっていた。 彼の真っ直ぐな目はアキを捉えて離さなかった。 カフェの休憩時間アキは店の外のベンチでタバコを咥えながら、 ぼーっと空を見上げていた。 アキが働くカフェ《リボン》。 その外にはアキの要望で喫煙所を設けていた。 入り口の横には外用の灰皿が立っており、その横に木製のベンチが設置されている。 喫煙所はランチタイムの時に付近のサラリーマンが使用するくらいで、 それ以外の時間はほぼアキが使用していた。 それにしても、昨日のキスは驚いた。 アキにとっては色恋沙汰は久しぶりであった。 20歳前後の頃はバイであるアキは、男女関係なく取っ替え引っ替えし、 けして本命を作る事はなかった。恋愛に怖かったのもある。 なんせアキは美形でモテる。その自覚はあった。 正直智之の顔はアキのドタイプだ。 久しぶりにアタックされた相手が5つも年下の純朴な青年…。 「んー…」 タバコの灰を一度灰皿にトントンと落とす。 スーッと煙を吸い。思い切りはぁーっと吐く。 昨日の今日で店に訪れた智之は、いつものように遅めのランチプレートを食べ、 その様子を伺っていたいアキとふと目が合うと、スイッと目線を逸した。 慌てて食事を終えてそそくさと店を出ていった。 よそよそしい彼の態度にアキよりも三咲が気になったのか、 「アキちゃん、智之くんと何かあったの?」 「何で」 「だって、明らかに彼の態度がおかしいよね」 「そだね」 感情を入れないアキの返答に、 「そだね、じゃない!」 と、三咲はアキの耳を引っ張る。 「イタイイタイ!」 慌てて三咲の手から逃れるアキ。涙目で耳を押さえつつ、 「何すんの!」 「あんた、智之くんに何したのよ!?」 完全にお母さんの顔でアキを叱る。 「私は何もしてないわよ!それにされたのは私の方で」 『え?』 三咲と三咲の旦那である拓真が同時に声を出した。 (し、しまった…) つい勢いで口走り、慌てて口を押さえるアキ。 アキは、昔から二人には隠し事は出来ない。 なぜなら、高校の時に荒れて喧嘩三昧だったアキを更生させてくれたのはこの二人だから。 特に三咲は、アキがこの世で一番怖いと思う存在である。 同時に一番信頼している人物でもあった。 「告白された?智之くんに?」 「は…はい」 ちょうど客のいない時間であったため、三咲と拓真はいつの間にか椅子の上で正座するアキを見下ろした。 (言うつもりなかったのに) 完全にやってしまったとアキは後悔した。 「で、返事したの?」 「返事って?」 「智之くんによ」 「してません」 「何で!?」 詰め寄る三咲に、 「だって、まだどんな子かよく知らないし」 あたふたと答えるアキに、三咲は急に我に返る。 「…それもそうか」 三咲はようやくアキに詰め寄るのをやめる。 アキはほっとして正座をやめ、普通に椅子に座る。 ふいに視線を落とし、 「男でも好きだって言われたけど、後悔してるのかもね」 我に返ったのかもしれない。 昔付き合った人でも、色んな奴がいた。ただ男と試してみたかっただけの男もいた。 智之もそうかも知れない。 三咲は、真っ直ぐにアキを見つめ、 「そんな言い方しないで」 低い声音でつぶやく。 「彼からはまだ何も聞いてないでしょ?」 「…ん」 小さく呟くアキの頭を三咲はポンポンとする。 三咲のほうがアキより背が低いため、背伸びをしてアキの頭を撫でた。 それにくすっと笑い、 「ありがと、三咲センパイ」 ついつい昔の呼び方をしてしまった。 三咲はいつものように微笑んだ。 そっか、ガラじゃないけど、 私はショックだったんだ。 彼の反応に。 それに告白が嬉しかったんだ。 その夜、 『あ』 アキと智之は同時に声を出した。 前回と同じコンビニの前で鉢合わせる。 「アキさんこんばんは」 「こんばんは智之くん、今帰り?」 「はい」 少し話がしたいと智之に誘われ、 二人でアイスを買い、近くの公園のベンチに腰掛ける。 「で、話って?」 何を言われるのか内心ドキドキしながら、アキは年上の余裕を見せようと冷静に問いかける。 智之はもじもじしながら、 「あ、あの、今日は俺・・・変な態度をしてすみませんでした」 「別にいいけどさ」 アキはアイスを口に運びつつ、 「告白したこと後悔した…?」 「ち、違います!」 そう叫んで立ち上がる智之。 かと思ったら急に顔を真っ赤にして。 「昨日帰ってから、その……アキさんで抜いたから、気まずくて」 「…」 予想外の理由で、きょとんとするアキ。 智之の口から出た言葉が、意外すぎる。でも彼も男の子である。 アキはへえっと智之を見上げ、 「意外と性欲あるのね」 「めちゃくちゃあります!」 言い切って、再びベンチに座り、 「アキさんの舌の感触とか滑らかな肌とか、高揚した表情とか思い出すだけでヤバいです」 詳細に言われ、いい歳をしてアキも何だか気恥ずかしくなる。 「ふうん」 アキは立ち上がり、 「智之くんはさ、今まで誰かと付き合ったことある?」 「何人かに告白されて付き合ったけど、好きな人はいませんでした」 「男の人を好きになったことは?」 「ありません」 アキは、真面目な声で、 「男と付き合うって簡単なことじゃないのよ」 引き返すなら今だと言わんばかりに、アキはキツめに伝える。 まるで子供に言い聞かせるように。 「…はい」 その圧に押されて、智之は静かに答える。 「結婚もできないし、子供も出来ない。その存在を家族に言えられないこともある」 世の中はそんなに甘くない。 偏見はどこにだってある。 これから始まる彼の将来を自分といることで無駄にしてほしくない。 「それでも、好きです」 智之のはっきり言うその言葉に、 アキはくすりと笑い、 智之に手を差し出す。 「私、智之くんの事、まだ良く知らないから」 きょとんとする彼に、 「友達から、よろしく」 「は…はい!」 と、アイスが落ちたのにも気付かずに、 智之はアキに抱きついて、チュッとアキの首に軽くキスをする。 アキは智之の顎をぐいっと持ち上げ、顔をそらす。 友達はキスしないってば。 智之は再びアキを、ギュッと抱きしめる。 「こらこら」 彼の背中をぽんぽんと叩く。 「絶対好きって言わせます!!」 恥ずかしげもなく夜空に宣言する智之に、 アキは愛おしさを感じていた。 ある休みの日、 ちょうどアキと智之の予定が合い、一緒に食事に行くことになった。 アキに自分を知ってほしいと、智之からお誘いを受けたのだ。 最近出来たカフェがあり偵察がてら行くことに。 観葉植物の多いカフェの店内で、アキと智之は向かい合って腰掛けた。 智之はアキのいつもと違う服装に、ドキマギした、 黒いランニングの上に大きめの白いシャツを羽織って細身のスキニージーンズ。黒の小ぶりなボディバッグを肩から掛けている。めちゃくちゃ似合ってる。何気ない恰好なのにアキの美しさが際立っている。店内の他の客がアキに視線を送っている。 それに比べて自分はと、内心落ち込みながらい智之は自分の格好を一瞥した。 ブルーのシャツにケミカルウォッシュのデニムにスニーカー、フェイクレザーのトートバック。オシャレのかけらもない。書店で働いているんだ。せめて今どきの格好を研究するんだった。あまりに浮かれていて忘れていた。 対してアキは、着飾らない智之に好感を覚えていた。カッコつける男より、 そのままの自分を出す人間の方がアキは好きだった。 でも、男って格好を付ける生き物だからねぇ。 食事をしながらアキは智之の色んな話を聞いた。 実家が医者の家系で、兄と姉がいること。優秀な兄弟といつも比べられ苦しかったこと。 勉強が苦手で苦労していること。本が好きで将来は作家になる夢があること。今大学4年生で就職するか、書店を続けながら作家を目指すか悩んでいること。 現在は両親に反発して家を出たが、卒業までは仕送りをもらっている事。 大人しい彼の内面を垣間見て、アキは愛おしく感じると同時に、 自分の若い頃を思い出した。 「色々考えてるんだね」 アイスティーをストリーで吸いつつ、アキはしみじみ呟いた。 向かいに座る智之は、頭をくしゃくしゃと掻いて 「いえ…親に反発しながらも、結局は守られていますから。情けないです」 「今は親の力が借りられるなら借りときゃいいのよ。自分の夢のためにさ」 「はい」 アキの言葉に気恥ずかしそうに笑う智之。 アキはふふっと笑い、食事に戻る。 二人で街を歩いていると、 「あ、アキちゃ〜ん聞いてよ!」 と、通りすがりの女子高生が、アキを見つけ泣きながら近寄ってくる。 「あら、えりどうしたの?」 「また彼氏が酷くて〜!」 「はいはい、今度店で聞くから」 「絶対よっ」 と、離れていく女子高生。 「アキちゃん、こないだの件解決したよ〜」 なんて話しかける人や、 「嫁が実家に帰ってさ〜」 なんて悩みを聞いてほしいと話してくる人まで、 歩いてはよく話しかけられた。 アキは本当に顔が広い。 店にいると、何故かアキに悩み相談をしてくる客が多かった。 アキは忙しくない時は、よく話を聞いてあげていた。 みんなに好かれているアキを見て、ますます好きになる智之。 「人気者ですね」 「何度もごめんね」 やっと、人が来なくなり、 二人はある丘の上の公園で手すりに身体を預けて夕日を見ていた。 「私さ、将来自分の店を持ちたいんだ」 「へえ」 「カフェか、喫茶店を経営して、さっきみたいな悩みを持った人たちの拠り所になるような店。自分にとっては今働いている店がそうだったから」 遠くを見つめならが、 「私の両親って父は医者の家系で、母の実家はなかなか大きなホテル経営してて、昔はどちらかの後継げって言われてて、これでも長男だからさ。妹と弟がいるんだけど、その二人がそれぞれ実家を継いで、私は絶縁されちゃった」 「絶縁…」 智之は少しショックな顔をしているので、アキはクスリとわらい、 「私、高校の時荒れててさ、そんな私を叱ってくれて優しくしてくれたのは、今の店のオーナーだった。高校のセンパイなんだけどいつも入り浸って、でも迷惑な顔は一切しなくて。お金がない時もご飯出してくれて。そのうち店を手伝うようになって、料理を見ながら覚えてさ。それが楽しくって」 視線を落とすアキ。 「ああ、やっとやりたいことが、出来たっておもった」 切ない顔をして自分のことを話すアキを見て、智之は自分と一緒だと思った。理由は違えどこか孤独を抱えていて、でも誰かを救うことで、本当は自分が救われたい。 「アキさん」 と、智之はアキに向かってバッと手を広げ、 「どうぞ」 「?」 きょとんとするアキ。 「甘えてください」 「え」 「誰かの役に立ちたいアキさんを、僕は甘やかしたいんです」 真面目にそういう智之に、アキはフッと笑い目を細める 「甘やかしてくれるの?」 「はい。そしてたまに僕のことも甘やかしてください」 言いながら、智之は自分は何を言っているんだと、頭の隅で自分にツッコミを入れる。 アキさんは大人なんだ。5つも年下の頼りない自分に甘えるなんてない。 あるわけないのに、口が勝手に言っていた。 アキは広げられた智之の胸の中に顔を埋めた。ぎゅっと抱きつき。 本当に抱きつかれ、智之本人がびっくりしていた。 「自分で言っといて何驚いてんのよ」 「い…いや、びっくりして。嬉しいですけど。考えるより行動していたというか」 「ふっ」 「…笑わないでください」 「ごめん」 くすくす笑うアキ。 でも、智之の胸は尋常じゃないドキドキが聞こえて、でも、心地いい。 「ちゃんと、ぎゅっとしてよ」 「はい」 彼の長い腕で、アキを包む。 何だかほっとする。 しばらくしてアキは智之から離れ、 「うちで晩ごはん食べる?私作ってあげる」 「え、いいんですか?」 「うん」 アキは歩き始めながら、 「それにもっと甘やかしてもらわなきゃ」 「え」 智之は、アキの言葉に色々妄想し赤くなる。 「何を妄想しているんだね、青年」 アキは彼の背中をバシッと叩き、 「い…いえ」 赤くなっている顔を隠すように智之は顔を手で覆い、アキの後を追いかけた。 アキの自宅で食事を終え、 片付けをした後、アキはソファに座る智之の上に跨るように彼に抱きついた。 「疲れました?」 智之はアキの背中にそっと腕を回し、優しく呟いた。 「うん」 彼の肩に顔を埋めギュッと抱きついたまま、甘えた声で答えた。 「智之くんに触ってもいい?」 「はい」 静かに答える智之。 アキは、自分の白いシャツを脱いで黒いタンクトップ一枚に鳴る。 さっきより白い肌がよく見えて智之は釘付けになる。 アキはそのまま智之のシャツのボタンを外していく。運動をしていない割には引き締まった身体をしている。智之の胸があわらになりその素肌に手を触れて撫で上から撫でていく。そのまま彼の素肌にキスをしていく。智之はビクッと一瞬こわばらせる。 「触っていいですか?」 「ん」 智之は我慢できずにアキのランニングを幕りあげ、彼の胸を舐めていく。乳首を触り舌でもて遊ぶ。 「あっん…」 アキは気持ちよくて色っぽい声を漏らす。たまらず智之はアキの唇を開けさせ強引に舌を入れていく。アキは素直にそれに答える。キスをしながら、智之はアキの背中を撫でその素肌を堪能する。お互いが反応していることに気が付き、アキは智之のベルトを外しつつ、 「下触るよ」 「僕も触っていいですか」 アキは答えるより早く、彼の唇を奪う。 お互いのものを擦り付け擦りつつ、クチャクチャとヤラシイ音を聞きながら智之はアキの悶える顔をマジマジと見つめる。初めて見るアキの油断した色っぽい顔、 「あっあっ、気持ちいいっ、んっ」 これでもかという喘ぎ声に、ますます智之は興奮する。夢では何度も見ていたが、実際は想像以上の色っぽさで、釘付けになった。 触ることさえ許されないと思っていたのに、アキは何度もキスを許してくれる。唇が触れるだけのキスも舌を絡ませる激しいキスも答えてくれる。タガが外れたように。 アキは二人のを擦り続ける智之の視線に気が付き、 「そんなにマジマジ見つめないでよ、んっ、あっあん」 「くっ、い、いやですっ」 智之も余裕がない声を漏らしつつ、じっとアキを見つめたまま手は止めない。 「アキさんのっ、身体が想像以上に色っぽくて、反応もヤラしくてっ、すぐイッてしまいそうですっ」 アキの全部自分のものにしたい。抱きたい。挿れたい。 智之は片手て二人のを擦るスピードを早めながら、アキの腰からお尻の柔らかい部分をむにゅっと揉みしだき、 「ああぁん、そこはっ、あっ」 お尻を掴まれ撫でられ今までよりいい反応を返すアキ。 その反応に満足し、智之は両手で二人のを擦る手を早める。 「もう、だめっ」 「俺も限界」 ビュくビュくと二人で同時にイッて、アキは智之の胸に顔を埋める。 息を荒くし、ゆっくり吐く。 やってしまった。 自分で友達からといいならが、かなりヤラシイ展開を許してしまった。 自分が甘えたい衝動に駆られてしまったからというのもある。 そして気づいてしまった。 智之が好きだ。 年下でも、ノンケでも、真面目でも、 でも、きっといつか好きになってた。 傷つくのが怖くて今まで本気になったことがなかった。 そんな自分に気がついた。 『智之くんて、どっち?』 『どっちって?』 『抱きたい方?抱かれたい方?』 アキに突然質問されて、ドキッとしつつ、 『抱きたいに決まってる』 智之はそう言って、アキを押し倒し彼のもう何度も触れた全身を撫で回し、 アキのお尻に自分の固くなったモノを挿入していく。 『あああっ、硬くて大きいっ…全部入らないっ』 『大丈夫ですよ』 智之は全部挿入して悶えるアキを乱暴に揺さぶり、腰を打ち付ける。 そこで目が覚める智之。 「……」 自分を強引に起こすスマホのアラームを止めて。 智之は、ボーッと自分のベッドの上で天井を見つめた。 夢では何度もアキを犯している。 「俺って、最低…」 それをおかずにまた自分で抜く。 煩悩の塊かよ。 先日のアキの家に行って以来、 煩悩全開の夢を見続けていた。自分が危ない。 このままではアキをいつ襲ってもおかしくない。 先日のアキの反応を見ると、自分のことを嫌いではない事は感じている。 甘えてほしいと言ったのも自分で。 アキに抱きしめられると気持ちが良くてホッとして、いい匂いがして… 抜き合いをしている時の、アキのとろけた顔がたまらなかった。 普段のひょうひょうとした彼からは想像もできないほどのギャップがあって それがまた興奮した。 もっと奥に入り込みたい、物理的にも、心も。 彼のお尻を触った時の反応が一番良くて、 もし挿れたらどんな反応が見られるのか想像するだけで、家で何度でも抜いた。 どれだけ邪なのかと、その度に自分で反省する。 ただ、身体だけが欲しいと思われたくない。 でも、煩悩が邪魔をする。 本音は抱きたくて仕方ない。めちゃくちゃにトロケさせたい。 今の自分では、本気でアキを覆いかねない。頭を振って、 智之はしばらくアキのカフェには行くのは止めようと決めた。 アキはカフェの店の前の喫煙所のベンチでタバコを吸っていた。 ここ一週間、智之はカフェには来ていない。 風邪でも引いて休んでいるのかと心配したが、帰宅時に智之を書店で見かけるのでそれは違った。 こないだの抜き合いのせいか。やっぱり男相手で急に冷静になったのかもしれない。 「……」 いつもならそう否定的な思考をするアキ。 しかし何故か智之の場合そうは思えなかった。 「…もしかして」 アキはもうひとつの可能性を考えた。 その日の夜。 智之はいつもアキと遭遇するコンビニを避けていたため、反対側の道のコンビニを最近使っていたのに、そのコンビニの前にアキがいた。 「なんで、ここに」 「あんたの考えなんてお見通しよ」 腕を組んで仁王立ちするアキ。 「顔貸しな」 「…はい」 いつもの公園に半ば強引に引っ張られる。 冷静なアキが逆に怖い。 ここ一週間故意にアキを避けていた。 多分それはアキも気が吐いていたに違いない。 少しだけ距離が縮まった様に感じていたのに、自分から避けているんだ。 甘えてくださいって言ったくせにと、罵倒されても仕方がないと思っている。 公園に来てブランコに座りアキは黙っていた。 アキは怒っているのだろう。自分はここで振られるんだ。 今まで付き合った人は皆、向こうから告白してきながら、いつも振られるのは自分だった。 『智之くんの気持ちがわからない』 そう言われれて、いつも皆離れていった。 アキは自分が初めて告白した人だった。 今ここで振られたらきっと今までとは違い、しばらく人を好きになることはないくらい。 智之はアキの言葉を待った。 「智之くんさ」 アキが話し始めて、胸が締め付けられて苦しくて智之は拳をぐっと握りしめたままうつむき アキの次の言葉を待った。 「何考えているか分からない…って、よく言われるでしょ?」 「……?」 思いもかけないアキの問いかけに、智之は面くらい、俯いていた顔を上げきょとんとする。 アキはこれ以上ないくらい、優しい顔をしてクスリと笑い、 「昔の私だったらきっと、しばらく顔見せないなんてきっと嫌われたのかとか、やっぱり女がいいのかコノヤロウとか、考えたと思うけど」 「アキさん、俺は」 「でも、智之くんはさ、私が好きすぎて距離を置いてたんじゃない?」 ドキリとする。 「本当は抱きたくて、押さえられないから離れてたんでしょ?」 まるで心を見透かされたようで、急に気恥ずかしくなる。 「何で、分かるんですか?」 アキはブランコを降りて、智之の前に立ち、 「好きだから」 月夜に照らされたアキの笑顔を見ながら、 智之は何故か胸が一杯になって、 涙が出そうになった。目頭を押さえる彼を見下ろしながらアキは言葉を続ける。 「私が智之くんのこと好きだって言わなかったから、 あれ以上手を出せなかったんでしょ?」 智之は言葉に詰まり、ただうんうんと頷いた。 顔を覆う智之をそっと抱きしめ、 「私達って似ているんだよね。 素直になれない所とか自分に自信がない所とか」 アキの言葉の一つ一つが心に染みる。 「あとお互いを好きすぎて近づけない所とか」 顔を上げた智之は涙でグチャグチャだった。それをみて笑うアキ。 「好きです。大好きですアキさん。あなたの事を抱きたくて仕方ない」 「うん。私も好きだよ。たくさん抱いて」 智之はアキをしっかり抱きしめた。 その日は、まるで夢のような夜だった。 アキの後ろに思ったよりすんなり挿入出来て、 智之は気持ちよくて悶えた。夢の中なんて比ではない。 熱くて柔らかくて締め付けてきて、挿入した時のアキの反応は今までと全く違った。 声にならない喘ぎ声が、奥を打つたびに漏れ出して、最高にエロかった。 どうやら会えない1週間の間に、後ろを慣らしていたらしい。 アキ自身も久しぶりだったのできっとすぐには入らないと思ったと平然と言う。 アキが智之のために自分で後ろをイジってる所を想像して、 さっきにも増して大きくしてしまい、 「想像してたでしょ?」 「するでしょ」 「ばか」 言ってアキは笑う。 智之はアキにはきっと、一生敵わない。 何でもお見通しなのだから。 でもそれでも智之はアキを、 一生離さないと決意するのだった。 「はーっ、やっとくっついて安心したわ」 いつものカフェで、三咲は大きくため息をついた。 アキと智之はお互い顔を見合わせ、 「三咲っていつから私のおかあさんだっけ」 「あんたが荒れてた高校の時からよ」 キリッと返され、智之はふふっと笑う。 アキは半眼で、 「その時は三咲も高校生でしょう」 「関係ないの。心配することに歳関係なくない?」 三咲はそういう人間だ。 その懐の大きさにいつも助けられていた。 「感謝してるわ」 それを聞いて、三咲は優しくほほえみ。 「それに6ヶ月もすれば、本当のお母さんになるしね」 『えっ』 二人はキッチンにいる三咲の旦那をマジマジと見る。 旦那は黙って親指を立てる。 「うそー!おめでとう!」 アキは三咲を抱きしめた。三咲は満面の笑顔で、 「ありがと」 「あー私も叔母ちゃんかぁ」 「叔父ちゃんでしょ?」 「美人のね」 アキも三咲も吹き出した。 三咲はいつものように元気に、 「さあ、仕事するわよ」 その合図で、カフェは夕方の仕込みを始めるのだった。 つづく

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