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第46話
「どうかしてる。どうかしてる」
ホームに向かう砂利道を早足で歩きながら、孝之は小声で呟いた。
どうかしてる。
夢か妄想か分からなくなるほど、
我を忘れるとは思わなかった。
やっと”天使”に会えたのに。
本人を目の前にして、何故あんなことを思い出すんだ。
孝之は携帯を取り出し、馴染のある名前を画面に表示させた。
「…取り込み中か」
そうは言ってられない。
とにかく早くこのことを吐き出して、解放されたかった。
孝之は再び携帯の画面に名前を表示させ、発信ボタンを押した。
『…今挿入中』
「嘘つけ。声で分かる」
何だよぉと不満そうに溜息を吐く殿上の声に、不覚にも安心した。
聴き馴染のあるその声は、自分が現実の世界にいることを思い出させてくれる。
「…お前に話したいことがある。夜、またそっちに行くから」
『もう、勝手だなぁ。ケーキ買ってきてよ』
はいはい、と乱暴に返事をして、電話を切った。
殿上は甘いものが好きだった。
会話が終わる頃には、駅の改札に着いていた。
孝之は小走りにホームへと駆け上がった。
✳︎
玄関の扉がゆっくりと閉まった後、
龍司はすぐさま鍵を掛けて
サクラを腕に抱きかかえたままその場に座り込んだ。
心臓の音が騒がしく鳴り響く。
しゃがんだ膝は震え、背中は大量の汗でシャツがまとわりついてくる。
そんな訳ない。
あれは単なる夢で、自分の妄想なのかもしれないんだから。
聞き覚えのある声。立ち姿。
会ったこともない人間が、何度も出てくる。
普通じゃない。
何かを予感していたのかもしれないが、
それを確かめる術はない。
疲れているだけなんだと、割り切るつもりだった。
「サクラ…サクラ…どうしよう…」
龍司はサクラを胸元できつく抱きしめた。
サクラは苦しそうに、小さく声を上げていた。
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