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第51話
松島龍司、30歳。
1ヵ月程前から毎晩同じ夢にうなされている。
何の前触れもない、突然の出来事だった。
風の音が聞こえたかと思えば、
背後から誰かに身体を
抱きかかえられる夢を見た。
最初は金縛りか何かかと思っていたが、
どうやら違うらしい。
振り返るとそこには必ず自分より10センチ程背の高い、がたいの良い男が姿を現す。
高めの体温と、静かな低い声。
何故か顔だけは霞がかって、
はっきりと捉えることは出来ない。
似たような特徴を持った知り合いはいない。
それが不思議だった。
「…サクラ、おはよう。またあの変な夢を見たよ」
龍司は白いゲージの中で飛び跳ねるように立ち上がるサクラを両手で抱え上げ、背中を軽くさすりながら洗面所に向かった。
夢の中の男はいつも同じことを龍司に言ってくる。
同じことを伝えて、繰り返し龍司の身体に触れてくる。
思い出すと、背中にじとりと汗をかいてきた。
男に興味を持っている訳ではない。
なのになぜあんな夢を見るのか理解できなかった。
男は自分を探している。
男は自分に謝ろうとしている。
身に覚えのない事ばかりで、頭が混乱する。
「…クマ、ひどい」
鏡の前に立った龍司は自分の顔を覗き込みながら小さく呟いた。
もう1ヶ月近く、まともに眠れていない。
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