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第76話

「ぜっっっったい、何かした」 「……」  殿上は、食べていたカレーライスをすくった スプーンを、孝之に向けて振り回した。 社員食堂は、いつにも増して人が多く騒がしい。 空いていた窓際の席に座った殿上と孝之は、 ちょうど昼食を終えようとしていたところだった。 飛んでくるカレールーを掌で防ぎながら、 おいやめろ!と叫ぶと、 近くにいた社員が孝之の方を振り返った。 慌てて、咳払いをする。 「何も覚えてないんだから…仕方ねぇだろ」 「はーやだやだ。自分勝手な男って、大嫌い」 「お前に言われたくねぇ」 孝之は、手にしていたブラックコーヒーに ミルクポーションを3つ入れた。 ポーションを持つ手に力が入りすぎて、 中身が指に飛び散る。 それを紙ナプキンで丁寧にふき取りながら、 薄茶色になったコーヒーをマドラーで丁寧にかき混ぜた。 「もうあれしかない」 殿上はスプーンを食べ終えた カレー皿の上に置くと、 鼻に引っ掛けていた眼鏡を指で引き上げた。 「…なんだよ」 「ヤるしかない」 「殺すぞ」 「じゃあ何。夢の中で毎日天使ちゃんとヤってましたーって。面と向かって言うの?」 「…毎日じゃねぇ」 そこじゃないでしょ、と殿上に怒られる。 それが言えたら、どんなに良いか。 孝之の願望は いつしか自分の欲望と混ぜ合わさり、 都合の良い夢となった。 浅はかな自分の願いを、 龍司に押し付けるわけにはいかない。 けれども夢の中の衝動は、 日に日に抑えられなくなってきている。 感情が、次第に理性を支配していく。

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