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00. プロローグ
Ω性特有の発情期は、αと番になれば頻度は減りそのフェロモンは番相手にしか感じなくなる。Ωにとっては願ってもない事だが、同時にそれは魂的な繋がりで一生解消する事は出来ない。ただし、一つの例外を除いては。
「……痒い」
頸の古い傷を抑えながら、一人呟いた。鏡でそこを確認すれば、未だに薄らとほんの少しだけ痕が残っていた。俺を残していった彼は自分には勿体ないくらい心優しい人で、心の底から愛していたと言える。ああ、正確には俺と、腹の中の子だ。まだ外からはわからない程度だが、しっかりとここには彼との子供がいる。これから産まれてくるこの子のことを考えると愛おしくもあり、彼のことを思い出しては胸が締め付けられる程に苦しくて仕方ない。
別れはあまりにも突然で、あの日もいつもと変わらぬ日々を過ごしていた。キスをして彼を見送った後、突然の吐き気に一人病院へと駆け込んだ。妊娠を告げられたのはそのすぐ後で、俺はその日彼に報告するつもりだった。でも結局、伝えられないまま彼は手の届かない所に行ってしまった。
「……なぁ、悠人 さん。俺…この子の事ちゃんと育てられるかな。不安だよ。俺悠人さんがいないとダメダメだからさ。ねぇ…悠人さん」
二人掛けのリビングのテーブル。彼と微笑みながら寄り添い合う写真を眺めながら、もうここにはいない本人に何度も何度も語りかけた。幸か、彼が残してくれた貯金で生活に困る事はない。自分一人であればこのまま飢え死にしたって構わないとさえ思っていたが、腹の子がいるのだからそうはいかない。彼だってきっとそれを望んでいるから。
「っは、……うぅ…っ」
込み上げた感情は留まる事を知らず、もう空っぽになってしまった涙は出ないまま嗚咽だけが響く。たった数年で、彼がいない生き方を忘れてしまった。
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