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プロローグ
KANOUホールディングス株式会社東京本社・コストエンジニアリング部第二課に、今日も罵声が響いている。
「藤村ぁ! データ整理がなってないんだよ! オメガだって同じ給料を奪うんだ。かっちりやれよ!」
藤村と呼ばれた男性社員は細身を震わせ、ぶちまけられた書類をひざまずいて拾った。
「また始まった、課長のパワハラ。藤村君、かわいそうに」
「藤村君の仕事はいつも完璧なのに、難癖つけて。課長はいつもオメガを目の敵にするんだから」
課に二人のベータ性の女性社員が眉をひそめ、小声で会話を交わす。
「そこ、私語を慎め! これだからオメガもオンナもこの課には不要なんだ。ほら、さっさと仕事をやれ!」
アルファ至上主義の課長はパワハラだけでなくセクハラ発言も毎度のことだ。これ以上言わせておくと、とうとうベータ性全体への蔑みにまで及んでしまう。
女性社員たちは不満気な表情をしつつも、パソコンに目を戻して業務に戻った。
「藤村、さっさと拾えよ。いつまでもそこに居たら、オメガ臭いのが匂ってくるだろ。早く消えろ!」
「はい、申しわけありません」
藤村は手を早めて書類を拾いきると、課長に頭を下げてデスクに戻った。しばらくの間うつむき、強い肉食動物に威嚇された小動物のように身を震わせる。これも毎度のことだ。
長めの前髪と、分厚い黒縁眼鏡のために表情は見えないが、おそらく藤村は恐怖に震えて涙を流しているのだろう。社員たちは皆そう思っている。
だが実は違う。
藤村は恐怖で震えているのではない。
藤村が震えているのは────
♢♢♢
「この書類はなんだ! データ整理がなってない! 這いつくばって尻を高く上げて拾え!」
課長は書類を床にぶちまけ、言われた通りに拾う藤村の尻を、磨かれた革靴で踏みつけた。
「あぁっ、やめてください、課長」
「ああん? メス臭いオメガのくせに口答えするな。そんな偉そうな口は、俺の大きなコレで栓をしてやる」
課長はスラックスのファスナーを下げ、そそり立った男の杭を取り出した。
「そ、そんな大きいの、無理です。う、ぅぐっ……」
藤村の口に、課長の熱い杭がぶち込まれる。
藤村は顎が外れそうな痛みを感じながらも、股間に萌えた芯を熱くした。
♢♢♢
(このシチュエーション、最高。今日帰りにCLUBマゾに寄って社畜プレイを申し込もう……課長、今日もいいネタの提供をありがとうございます)
藤村は頭の中で繰り広げている「妄想劇場」に身もだえして身を震わせた。
課長に好意などまったくないが、課長のパワハラは藤村の密かな性癖への欲情をかき立てる。
(あ、まずい。ちょっとだけうなじが熱い。フェロモンはほとんど出ないけど、念のためトイレで落ち着いてこよう)
席を立ち、トイレに入って洗面台の前に立った。深呼吸をしてから少しずれた眼鏡の位置を直し、わざとぼさぼさにセットした髪の前髪を眼鏡の上縁に下ろす。長めの襟足はうなじが隠れるように撫でつけた。
こうすれば欲情時に桜色に染まりやすい薄い耳も白い頬も、ごく薄いフェロモンを香らせる華奢なうなじも、誰にも見えない。
(よし、大丈夫。課長に罵倒されて妄想欲情してたなんて、これで今回もバレないはず)
うん、とうなずく。
絶対に誰にも知られてはいけない。
オメガ社員で会社内での立ち位置は低いとはいえ、仕事にはプライドを持って真摯に取り組んでいる藤村なのだ。あやまって性癖を知られでもしたら、気味が悪いと部署異動を言われてしまうかもしれない。
それだけは絶対に嫌だ。コストエンジニアの仕事ができて、ちょいパワハラのあるこの部署から異動したくない。
だから絶対に内緒だ。
自分がマゾヒストで、課長からの罵倒や蔑みを楽しみにし、マゾヒストクラブでのプレイネタにして性欲を発散していることは────
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