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おとぎ話の時間 ⑤

 アトラクションをすべて制覇し、パレードを見たあとは園内のレストランに入った。  遊園地のレストランだが、レストラン目当てで来る客もいる、洒落たフレンチレストランだ。  光也は夕食の予約も済ませていて、二人はおとぎ話の幸せなお姫様の物語を表現したオブジェがある噴水の、ライトアップが一番綺麗に見える窓際の特等席に案内された。 (それにしても……)  アトラクションに並んでいるときもだったが、席に着くまでの短い距離でも、光也に振り返る人間の、なんと多いことか。  わからないではない。社内でも注目を浴びる容姿をしている光也は、今日はスーツではなく品のあるサックスブルーのサマーニットを着ていて、袖口から伸びる筋のある腕、クロップドパンツからのぞく締まった足首は、男らしい色気を放っている。  いつもワックスで後ろに流している髪はラフに額に下り、薄茶の髪がより柔らかく見えて、まるでモデルか芸能人のようだ。 「藤村君、これおいしいって評判なんですよ。ほら、食べてみて」  そんな人が対面にいて、料理を千尋の口に運ぶ。 「僕のお皿にも同じものが入っているので自分で食べられますってば!」 「私の手から食べてほしいんですよ。なにもかも私が世話してあげたい」 「僕は猫じゃありませんよ?」 「猫よりかわいいですよ? さあ」  なおも光也に迫られ、千尋は首を振った。そのとき不意に目の端に、自分たちに向けられた視線を感じた。  見返すことはしないが、今までの経験からわかる。この視線はオメガに対する蔑みの視線だ。  おおかた圧倒的なアルファ感のある男に取り入った、卑しいオメガにでも見られているのだろう。 (そりゃそうだろうな。どう見ても専務と僕は釣り合っていないもの)  レストランの窓ガラスに映るオメガは、光也が選んでくれたハイブランドのポロシャツを着ていてもどこか頼りなくて貧相だ。  千尋を見ている斜め前のテーブルの客たちだけでなく、別のテーブルの客にもそう見られているような気がしてくる。 (専務の家で、いつもの、専務のお父さんのご飯が食べたいな)  蔑まれるのは大好きなはずなのに、どうしてか鳩尾(みぞおち)あたりがきりきりして、せっかくのフレンチのフルコースを楽しめなかった。 「この店はあまり好みじゃなかったですか?」  デザートにも手が伸びない千尋を見て、光也が心配そうに聞く。 「いえ、そんなことはないです。多分、夕方にワゴンで買ったドーナツが重かったのかも」 「ああ、そうか。夕食の時間が早かったから。すみません、配慮が足りなくて」 (違うのに。専務は悪くないのに) 「いえ、僕が……すみません」  光也の目を見ることができず、うつむく。  光也は残念そうに小さな息をこぼすと、洗面室へ行ってきます、と席を立った。 (ため息をつかせてしまった……)  申しわけない気持ちにさいなまれて、デザートのシャーベットだけでも食べようとスプーンを手にした千尋だが。 「ねぇ、なんであんなゴージャスな男に、オメガの男がくっついてんの?」 「どうせ色目を使ったんでしょ。いやらしいフェロモンを垂れ流して」  罵る声が、はっきりと斜め前の席から聞こえた。

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