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オメガじゃないオメガ ③

 千尋が光也と暮らすようになって二か月が過ぎていたが、その(かん)千尋には、正常な発情期はやはり訪れなかった。  発情期の代わりに定期的に性欲が高まる時期と、それ以外でも、互いに求め合ってベッドをともにする夜がある。  そんな夜は全身をくまなく愛され、切なくなって涙がこぼれるほどの愛情を伝えられる。  まるで動物の毛づくろいのように肌を舐められ、手のひらで撫でられ、熱芯に触れられれば狂おしいほどの嘉悦に翻弄されて、大量の性フェロモンを放出する。  だが挿入前に達してしまい、気づけば朝。  光也が言うのには、気を失うのと同時に、部屋に充満していたフェロモンは残り香だけを置いて消えていくらしい。放つ量のわりに持続性がないのだ。  番関係は、オメガの発情期の性フェロモンが最高潮の際に、交接しながらアルファがオメガのうなじを噛むことで成立する。  だが、発情期のない体、まともに発情しない体。  今までの千尋ならそれでよかったが、このままでは光也と番になることはできない。 「藤村さん。今から向かう病院は、光也様の産みのお父様も通われた病院ですから、ご安心くださいね」  送迎の車の中で成沢が穏やかに言ってくれる。 「はい……専務もそう言われていました」  光也の父クリフの場合は、長年離れていた番との再会で、逆にフェロモンの放出が止まらずの治療だったそうだが、二年ほどで正常化したと聞いた。 (それでも二年か……僕はどれくらいかかるんだろう)  千尋は今初めて、強い抑制剤を与え続けた祖父や、医師に止められても無茶な飲み方を続けてきた自分を憎らしく思った。 ***  ──藤村さんは、未成年時から大量に摂取した抑制剤の影響を強く受けており、エコー検査で生殖器の形成不全が認められます。  病院での医師からの言葉にショックを受けた千尋は部屋にこもり、膝をかかえて涙を流し続けていた。  部屋の中が真っ暗なのにも気づかないほど、目の前が真っ暗だ。なにも考えられない。  通常男性オメガの場合、直腸の奥に小さな膨らみが見られる。これが発情期に鶏卵大に拡張し、子宮の役割をして性交相手の精子を受け入れるのだが、千尋のエコー画像にはそれがなかった。  ──オメガ男性は男性の性器を受け入れやすいよう、直腸の途中から子宮口に繋がる部分に柔軟性と広さがありますが、藤村さんはその発育も不十分で、挿入を受け入れるのは困難であると判断します。  言われたとき、心臓に槍を突き立てられ、息の根を止められた気がした。  身体が冷えて心が空虚になり、医師の言葉はそれ以上耳に入らず、ただただ涙が頬を伝った。 (僕にはなんにもない)  オメガなのにオメガじゃなかった。千尋にはアルファを受け入れるための(みち)も器もない。 (オメガであることが、なんのとりえもない僕がみっくんのそばにいられるたったひとつの理由だったのに。僕にはなにもない) 「千尋、入っていい?」  コンコンコン、とドアのノック音が鳴り、びくりと肩を震わせた。  診察の途中から操り人形のようになった千尋の代わりに成沢が結果を預かったから、光也にも結果が伝わっているのだろう。  光也に会いたかった。抱きしめてもらいたかった。だが、欠陥オメガである千尋に、そんな価値はあるのか。

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