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オメガじゃないオメガ ⑦

 医師は再びうなずき、今度は図を書いて示した。  オメガは、相性のいいアルファ(いわゆる運命の番と言える)か、強いホルモンを持つ優勢アルファと関わり性的興奮を感じると、通常よりも多いホルモンを発生させる。しかし普段ホルモン値が低いオメガの場合には、大量の出血をしたのと同等の負担がかかるため、身体がその負担を和らげようと働く。  発情フェロモンがピークに達する前に脳が射精を促し、ホルモンの流出を終わらせようと自衛反応を起こすのだ、と。 「それと一番の問題点ですが、藤村さんの場合は抑制剤の影響で子宮が未発達な上、ハイアルファである叶さんがお相手ですよね。となると先ほど言ったように、普段は空っぽの藤村さんのホルモンを叶さんが一旦爆発的に上げてしまう。結果、脳が勘違いを起こし、もう充分にホルモンを出したから、子宮にも栄養が行き渡っただろうと……つまりは子宮の発育を止めてしまうんですね」 「え……じゃあ、僕は……ハイアルファとも、運命の番とも……出会っても、上手くいかないってこと、ですか?」  生殖機能が未発達な時点ですでに悪い結果だった。だがそれを凌ぐ宣告に、頭を強く殴られたような衝撃が走る。  相手が光也では駄目だと言われているのだ。  千尋は光也の顔を見ることはできなかったが、光也も同様に息を詰めている様子が感じとれた。 「そういうことですね。藤村さんにはハイアルファ……叶さんとの性交渉は大きな負担になります」  室内が沈黙に包まれる。診察室奥の処置準備室や、待合室の音がいやに響いて感じた。  千尋の頭の中には最後の医師の言葉が何度も巡っている。  ──ハイアルファとの性交渉は、大きな負担となります。 「……でも、死ぬわけじゃないんですよね?」 「千尋?」  ぽつりと発した言葉に、座ったまま動かなかった光也が反応し、千尋の横顔を見る。  光也の戸惑いの視線を感じながら、千尋は真っすぐに医師を見て口を開いた。 「大きな負担がかかるけれど死ぬわけじゃないし、子宮は未発達でも、受け入れるのは不可能じゃない……射精しなければ、負担にはなるけどフェロモンを保っていられる。先生、そうですよね?」 「……」  しばし沈黙をとどめたのち、医師は答える。 「言い換えれば、そうなりますね。重なりますが、今の藤村さんとハイアルファ男性との性交渉はベータ性の男性同士の際の疼痛とは比になりませんし、吐精感もそうです。生命に関らないとは言いましたが、苦痛は大変強く、似た症例の方は全て断念されています。それでも、望まれますか? 叶さんと、番うことを」  医師は反対するでもなく、賛成するでもなく、ただ、静かに意思を聞いてくる。 「千尋、駄目だ……千尋に負担はかけられない。俺は番えなくても、千尋がそばにいるならそれで……」  先に答えたのは光也だ。顔色が悪い。 「みっくん」  千尋は医師から光也へと視線を移し、緊張を感じる大きな手を力を込めて握った。診察室に入る前とは逆だ。 「みっくん。僕は諦めたくないんだ。今までずっとじぃちゃんや課長に言われるままにやってきた。でも、僕はもう自分の意思で生きていける。みっくんが僕を救ってくれたから……だからお願い。これからも僕を助けて、支えてください。そして、僕の、番になってください」 「千尋……」  光也の苦渋の表情が緩んでいく。目の縁が少し濡れているように見えた。  光也は瞼を伏せ、千尋の両手を包んだ上に額を乗せると、こすりつけるようにして何度もうなずいた。   「……それでは、私から提案があります」  千尋と光也の意志が固まった様子を確認した医師が言い、二人は手を取り合ったまま医師に顔を向けた。 

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