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専務、溺愛ハラスメントはおやめください ⑦
二日後。
今回の不正でっち上げとともに、光也が専務就任後から隠密裏に調査していた過去の不正もすべて暴露された常務は失脚した。もう誰も常務を庇える者はいなかった。
千尋は自宅待機が解け、専務執務室秘書とブラジルLNGプロジェクトのメンバーに復帰している。
マップシステムの権限も無事に取り戻せたし、帰国したばかりのメンバーたちから土産をもらって土産話も聞いた千尋は気持ちを弾ませ、改めて仕事に対する意欲を高めた。
そして、嬉しい話はもうひとつ。
「おめでとうございます。全て正常に機能しています」
産科外来の受診時、医師の言葉に千尋と光也は共に破顔した。場所への配慮も忘れ、思わず抱きしめ合ってしまう。だが医師も看護師も誰も咎めない。
「頑張りましたね。お二人は新しい人生に向かってスタートを切られました。また次のご相談も、お待ちしていますからね」
次の相談……妊娠だ。気の早い話だが、きっと近いうちにそうなるだろう。千尋と光也は幸せな笑顔で見つめ合った。
「着いたよ」
病院を出たあと、光也が運転する車で向かったのは鎌倉だ。
「わあ……。素敵なおうちだね。白い椿と赤い椿の木、双子みたいでかわいい!」
左右に頭を振りながら、門扉から玄関へ続く階段を上る。
気分が高揚しているのは純和風の家屋に興奮しているからだけではない。今から、光也の両親に正式に挨拶をするのだ。
(あの日僕を助けてくれたのは、みっくんのお父さんだよね?)
緊張で上がってきた唾液を飲み込むと、光也が大丈夫だよ、と千尋の手を取り、呼び鈴を押した。
しばしの間があって、格子の引き戸に影が映って開く。
「千尋君、いらっしゃい! 待ってたよ!」
「……!」
やはり、そうだった。あの日は作業着だったが、今日は深い緑色のニットを着て髪を下ろした美しいクリフ夫人が、笑顔で二人を出迎えてくれた。
***
挨拶も結婚の相談もなんら滞りなく終わった。
クリフが用意していてくれた夕飯はいつもの家庭料理だったが、品数が多く手作りの芋羊羹まであった。
どれも胸が熱くなるほどおいしく、とくに芋羊羹は覚えのある味がして、なぜだか涙がひと筋こぼれた。すると、クリフは「日本の家庭料理の作り方は、全部千尋くんのお母さんから教えてもらったんだ。千尋君のお母さん、お菓子作りも上手だったね。特にこの芋羊羹は、お母さん独自の隠し味があるんだよ」と教えてくれて、千尋は溢れる涙を止められなかった。
光也に肩を抱かれながらひとしきり泣き、社長自ら入れてくれたほうじ茶を飲みながら昔話に花を咲かせたあと、千尋と光也はクリフに礼を伝えた。
「社長夫人がガーデニングの会社をされていて、外部としてKANOUに入っておられるなんて、驚きました。助けていただいてありがとうございました」
「本当だよ。義兄さんが知っていて俺が知らないのは驚いたけど、まさか社のセキュリティーの方とまで懇意とはね。父さん、今回はありがとう」
クリフはふふ、と笑った。
「趣味みたいなものだよ。体が回復してから暇になってしまって。もともと働くのが好きなのにKANOUに戻ることはできないし、社長夫人といっても、役員さんたちには嫌われているからね」
常務がクリフを悪く言っていたのを思い出せば、叶一族の彼への反感は年月を経た今でも根強く残っていることがわかる。けれどクリフの笑顔に陰りはない。
「それでも、昔みたいにミツがいるところで仕事がしたかったから、ミツにワガママ言って会社を作っちゃった。五階の空中庭園は僕がデザインして作ったの。ミツのお気に入りなんだよね。ね、ミツ?」
社長は目元も口元にも三日月を描いてクリフに微笑む。それを見て光也が嬉しそうにするのを見ると、千尋の胸はじわりと暖かくなる。
自分たちもこうなりたいね、とアイコンタクトを取った。
「守衛さんとはね、社員時代に遅くまで会社に残っていると、巡回の方が励ましてくださってね。その頃の方が数人残っているから、話が早かったんだよ。でも、今回はミツも僕も子ども たちのことに手出しをせず、自分たちで解決させようと話していたから、あの日千尋君が不調の中でも必死になって会社にこなければ何もしなかった。だからあの画像を手に入れたのは、千尋君自身だよ」
クリフは褒め称えるように千尋を見て、対面から手を握ってくれた。
「僕達オメガは社会的立場から受け身になりがちだけど、千尋君は自分の意志で行動して、自分の力で真実と未来を勝ち取ったんだ。胸を張っていい。これからも自信を失わず、顔を上げて生きていこうね」
「はい……! ありがとうございます」
千尋が笑顔で返事をすると、光也も社長も自分のことのように嬉しそうにうなずいた。
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