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第22話
浩一郎と別れた後は、正直浩一郎に対して恨みのような感情を持ったことも事実だった。そして、振られてしまっただけと言えばそうかもしれないが、今後人を信じることはできないかもなどと考えたりもしたのだ。
ところが、奏一と出会ってから心地よい時間を持てたことで、”人を信じない”と頑なになっていたユイトの心も解けてきていたのだ。
だから、浩一郎のことはさほど思い出さなくなっていた。思い出したくない過去とも言えるかもしれない。心は奏一のことでいっぱいのはずなのに、忘れようとしてもなかなか消え去ってくれないのだ。心のどこかに、つっかえて『俺を忘れないで』と言われているかのように……。
とは言え、それは何も恋の感情ではない。浩一郎のことは、まだ忘れてはいられない何かがあるような予感が、ユイトの中で燻っていた。
それからも、ユイトは奏一と一緒にご飯を食べに行くなどして過ごしていた。
どこまでもプラトニックと言える関係であり、だからと言って”付き合っている”わけでもないのだが、ユイトはそれだけでも幸せだったのだ。いつかは体を重ねられればと思うが、それは自然な流れでそうなればと思う。ユイトだって男だが、誰でもいいわけではない。やっぱり、するなら奏一しかいないのだ。いつか、ホストの蓮として言っていたことを、自身で考えるようになるとは、思いもしなかった。
ある日の遅くに、ユイトは和食レストランに来ていた。店の客であるエリに、アフターに行きたいとせっつかれていたので、和食が好きだと言っていたエリのために選んだ店だった。
「こうして蓮君と二人で店外で一緒にいられるなんて嬉しい」
食後、チューハイを飲みながらエリは微笑んだ。
「ずっと待ってたんだよ?蓮君がアフターしてくれるの」
その言葉だけなら恨み節のようにも聞こえるが、言い方は軽いものだったので嫌な感じは受けなかった。
「ごめん、遅くなって。ここ奢るから許して」
「あ、別にそんなことは気にしないで」
エリは顔の前でパタパタと手を振って少し慌てた様子を見せた。
「あの……ね……」
エリが押し黙り、顔を赤くしているのでユイトは不思議に思った。
「どうかした?」
「じ、実はね……私、あなたのことが好きなの……」
突然のエリの告白に、ユイトは唖然として目を見開いた。
別に、ホスト相手に本気で入れ上げているなどと馬鹿にしているわけではない。それに、好きだと言われて嫌な気が起こるわけでもない。ただ驚いたのだ。
「え?俺を?」
「うん……ホストに本気になるなんて……馬鹿な女だって思ってるでしょ?」
エリはユイトの反応を窺うようにして言葉を紡いだ。
「いや、そんなこと思ってないって」
「蓮君、好きな人とか彼女とかいるの?」
真剣な目で問われ、『好きなのは君だよ』などと返すのは簡単だが、それでは嘘になるし、エリを傷付けたくはない。期待に応えることはできないのだし、半端な態度は取れないのだ。
「彼女はいないよ」
「え?」
一瞬、エリは嬉しそうな顔をした。
「でも、好きな人ならいる」
きっぱりと言うと、エリは少し淋しそうな表情をした。
「あ、そ、そっか……そうだよね。蓮君なら誰も放っておかないよね。私なんか出る幕ないよね」
自分に言い聞かせるように、エリは無理に笑顔を作った。
「いや、そんなことはないけど……エリさんの気持ちは嬉しいけどさ。俺は店のお客さんとは特別な関係とかならないことにしてるから……悪いけど、エリさんとは付き合えない。ごめん」
「うん……本当は内心わかってたの。ホストの彼女になるなんて夢のような事だって……。
でも、好きになってしまったものはしょうがないし、気持ちだけは伝えたいと思ったの」
『気持ちだけは伝えたい』。この言葉を聞いて、ユイトは奏一の顔を思い浮かべた。親切にしてくれる彼に、好きだと告げることのできる日は、来るのだろうか。例え想いが成就しなくても、伝えるべきなのだろうかと思う。
「ねぇ、蓮君の好きな人ってどんな人なの?」
「え?あー……優しい、かな……」
優しくて生真面目。そして、世話焼きな面もある。そんな奏一のことが好きだ。弟や妹の面倒を見ることもあったから、ユイト自身も甘えたかったのかもしれない。まぁ、ユイトは甘えているという気持ちはないけれど。
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