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一 寮内観察が趣味なのです!

(ううむ)  手帳片手に、俺は柱の陰からラウンジの方を覗き込む。ここは夕日コーポレーションの運営する独身男子寮『夕暮れ寮』だ。共有スペースであるラウンジでは、無料で提供されている福利厚生の一環であるコーヒーを飲みながら談笑するもの、テラスに出てビールを飲んでいるもの、設置されている大型テレビでスポーツ観戦を楽しむものと、様々である。夕食も終わり消灯までの時間を、寮生はこうして各々過ごす。一人で部屋で過ごすものもいるし、寮生同士で過ごすものも居る。夕暮れ寮のいつもの光景だ。 (やっぱり、うちの寮って顔面偏差値高いよな~)  思わず頬を緩めて、イケメン揃いの寮生たちを眺め見る。夕暮れ寮の高嶺の花と噂される|上遠野悠成《かどのゆうせい》は、男子も見惚れる美貌の持ち主だし、夕暮れ寮に途中入寮した|隠岐聡《おきさとし》はアイドルみたいに可愛い顔をしている。副寮長をしている|雛森哲《ひなもりあきら》はさっぱりとした美人だし、寮長の|藤宮進《ふじみやしん》はクール系の美形だ。  そうやって眺めていると、廊下を話しながら歩く|大津晃《おおつあきら》と|蓮田陽介《はすだようすけ》の姿が見えた。この二人は俺の一つ下の後輩たちで、傍から見ていても仲が良いのが良くわかる二人だ。互いにイタズラするのが好きらしく、大津が悪ふざけをし、その仕返しを蓮田がするというのを繰り返している。大津が蓮田宛てにピザを二十枚注文した時は、俺も手伝ってやったものだ。 「ばっか、テメェふざけんなよ」 「晃が悪いんだろ?」  肩を叩いて文句を口にする姿を横目に、ニヤつく口元を必死で堪える。「だいたいアレはお前が……」と話す言葉を全神経集中させて盗み聞きすれば、妄想がより掻き立てられるようだった。 (くぅ~~~。イチャつき可愛い~)  二人の姿が完全に見えなくなったのを確認して、密かに握りこぶしを作る。ああ、今日も良い『萌え』が得られた。本当に、男の子がワイワイキャッキャしてる姿って最高。  俺、|鈴木一太《すずきいちた》は、ここ『夕暮れ寮』に暮らす寮生である。華々しい夕暮れ寮の面々に比べると、顔面も普通、体つきも普通、身長も普通。ついでに言えば名前だって日本中に百人くらいいそうなほど、普通の人間だ。ザ・平均値を地で行くような男だが、中身はちょっとズレているのを自覚している。なぜなら俺は、男同士がイチャイチャしているのを見るのが大好きな、所謂『腐男子』だからだ。とはいえ、そんな些細な特徴など、表に出なければないものと同じだ。結果として俺は、この寮の中で壁際で地味~に背景と化しているモブである。  俺はたった今感じた衝動を忘れないように、手にしていた手帳にしっかりとメモをした。俺のマル秘手帳には夕暮れ寮のあらゆる『カップリング』(※俺が勝手に決めた)の情報が記録されているのである。ちなみに俺はリバはナシなので左右は固定だ。(意味が解らない場合はスルーして良いぞ!) 「やっぱ大蓮サイコー。じゃれ合いイチャ付きカップルって良いよねぇ」  思わず吐息を吐き出して、妄想を堪能する。この熱いパッションを、早いところネタにしなければ。と、妄想に浸っている時だった。 「まーた、良からぬ妄想に耽ってるでしょ。先輩」 「ぎくぅ!」  背後から耳元に声を掛けられ、驚いて肩がビクンと跳ねる。慌てて落としそうになった手帳を、背後から伸びた手が俺の手ごと包み込んだ。 「く、栗原くんっ……」 「鈴木先輩、それ、何度も言ってますけど。覗きですからね?」 「ぐぅ正論」  あきれた顔で、でも「しょうがない人だな」って感じで、俺を見下ろすこの青年は、俺の二歳年下の後輩で寮生の、|栗原風馬《くりはらふうま》だ。 (相変わらず、カッコいい……)  栗原の顔を見上げ、思わずじっと見惚れてしまう。長身で、服の上からでも解る、引き締まった身体。ふわりとした髪はパーマをかけてるんだろうか。入社した頃は真っ黒だった髪は、今はやや明るい茶色になっている。ファッションもスタイルも、とってもオシャレさんで、陰キャオタク壁際男子の俺とは、雲泥の差である。  しかも、兄が『ユムノス』というアイドルグループに所属しているという、強プロフィール持ちだ。そのお陰か、栗原は社内でもちょっと有名だ。入社前から、ちょっと話題になっていた。 「と、取り敢えず、返して?」  いつの間にか、俺の手から離れ、栗原の手の中に手帳が収まっている。俺の秘密のネタがぎっしり詰まってるのに! 「まあ、先輩のものを勝手に取るわけには行かないですけど――」 「そ、そうだよっ」 「とは言え、プライバシーの侵害も如何なものかと」 「日記みたいなものでしょっ」 「日記ねえ」  俺が「あ」と思っているうちに、栗原は手帳をパラパラとめくり始める。プライバシーの侵害だっ!(特大ブーメラン) 「栗原くんっ! かーえーしーてーっ!」  手帳に向かって飛び付くが、栗原は非公開プロフィール身長178センチ。(独自調査)俺は164センチなのでヒョイと上に腕を上げられると届かない。ピョンピョンとジャンプして手帳を取り戻そうとするも、あっさりと躱される。 「えーと、寮内カップリング秘密ファイル♥️ 星嶋芳×上遠野悠成。俺様攻めとクールビューティー受け。補足事項、お揃いの指輪。押鴨良輔×渡瀬歩。歩くんが襲い受けタイプ。補足事項、二人きりだと方言が出る。同郷? 榎井飛鳥×隠岐聡――」 「ちょ、ちょぉっ! 読み上げは駄目だって!」  慌てて、栗原の腹に突撃する。栗原が「ぐえ」と声を上げ、唇を閉じた。 「何でもくっつけちゃ駄目ですよ」 「何でもくっついちゃうんだもん」  なんなら、カップ×ソーサーだってイケるのに。 (本当、栗原くんには一回バレて以来、めちゃくちゃ怒られるんだよなー……)  寮内では一応、隠れ(ているつもりの)腐男子である俺だが、以前、今のように覗き見しているのを栗原にバレて以来、度々、発見されては怒られているのだ。他の人には観察しているのをバレたことないのに。なぜか栗原には見つかってしまう。  栗原はため息を吐いて、俺の頭にポスッと手帳を載せた。 「ったく。見つけたのが俺だったから良いものの、他の人だったら大変なことになったと思いません?」 「これが星嶋さんだったら、顔パンじゃ済まなかったかもね」  何だかんだ、手帳は返してくれるし、栗原は良いヤツなんだよな。イケメンだし。 「貸しってことで、バーゲンダッツのアイスで手を打ちます」  ニッコリと微笑んでそう言う栗原に、俺は(可愛い奴だな)と笑い返す。 「ラジャーであります」  イケメンにアイスを食べさせるのなんか、むしろご褒美ですが?

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