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七 絶対拒否したい先輩とおねだりの仕方を解っている後輩

「喉乾きませんか? 何か飲みましょうよ」  という栗原の言葉に、俺はげんなりして頷いた。確かに、喉がカラカラだ。主に栗原に辱しめられたせいで。  とは言え、一度知られたらもう、怖いものはないのである。堂々と予定の新刊七冊に加え、気になる漫画をさらに追加し、鞄の中には十四冊のBL本が詰まっている。ほっこり。早く寮に帰って戦利品を確認したいぜ。 「駅にコンビニあるよ」  コンビニで何か飲み物を買おうと提案する俺に、栗原が残念なものを見るように俺を見てため息を吐いた。 「そうじゃなくて、せっかくだからどこか入りましょう? 座りたいですし」 「あ――うん」  店に入るという選択肢が思い付かなかった。いつもお一人様なので、カッフェなんて入ったことがないのさ!  栗原の後についてやって来たのは、おしゃれ過ぎてむず痒くなりそうな、可愛い感じの店だった。用途の解らないインテリアで飾られた店内は、ほとんど満席だ。  運良く空いた席に通してもらい、メニュー表を確認する。何を頼んだら正解なのか、答えが見えてこない。『紅茶』と書かれた項目に、見知らぬ名前がズラリと並んでいる。 (アッサム、ダージリン、セイロン、アールグレイまではなんとなく聞いたことあるけど……)  ニルギリとかウバって何? 呪文かな? ファーストフラッシュ? セカンドフラッシュってなんぞや。あと結構、高いな。 「先輩、何にします?」  話を振られ、メニュー表から顔を上げる。涼やかで春の陽射しみたいな暖かな表情で、栗原がこちらを見ていた。 「顔が良いな」  ついポロっと口に出てしまう。栗原が苦笑した。苦笑した顔もカッコいいです。 「俺、ちょっと小腹すいたから、何か食べようかな。サンドイッチとか、パンケーキとかありますけど……」  栗原が指差すメニューを覗き込む。フルーツがたっぷり載っかった、華やかなパンケーキに、瞳を奪われる。 「パンケーキ……!」  憧れのパンケーキ様だ。デートシーンで可愛い食べ物が好きなキャラ、意外性のあるキャラの代名詞と言えば、パンケーキとパフェだろう。大の男が可愛いパンケーキやらパフェやらを食うのが萌えなのである。可愛い。 「パンケーキにします?」 「するっ! パンケーキ食べちゃう!」  普段なら恥ずかしくて頼めないメニューだけど、イケメンが一緒なら怖くないぞ。可哀想な目で見られたりしないはず。 「じゃあ、おすすめはこのブレンドティーかアッサムですね。ホットはポットで出してくれるので、2杯半の量がありますよ」 「へーっ。そうなんだ。詳しいな?」  さてはデートで来たことがあるな? と下世話な顔で見ていたら、顔に出ていたのか、「女の子と来たことないですよ」と返された。ちぇ。 「紅茶が好きで、実家では結構自分で淹れてたんです。まあ、辞めちゃったんですけど」 「そうなの? なんで」 「大変なんですよ。何でも追求すると」  まあ、それは解る。俺も色々興味があるけど、広く浅くって感じだ。ネットなんかだと極めた人たちの凄いものが溢れてるから、本当に極めた人って凄いと思う。 (でも、それだけなのかな)  なんとなく、理由がありそうな気がしたけれど、それ以上聞くのは憚られた。いつも笑みを浮かべている栗原の表情が、少しだけ物憂げに見えた気がしたから。 「甘いものばかりだと飽きが来そうですし、こっちのクラブハウスサンドも頼んでシェアしましょうよ」 「うん、良いね」  提案に頷くと、栗原はすぐに店員を呼んで注文をしてくれた。こんなにスマートなのに、女の子と来ていないのか。 「栗原はどんなところでデートするの?」  あわよくば聞いてやろうという下心ではない。俺ってばデート経験がほぼ皆無なので、参考に聞きたいのだ。そしてネタにする。  俺はBL本を読むのが好きだが、ここ二年ほどは読むに飽き足らず、小説サイトへの投稿なんかもしちゃっている。主に寮で得たBLネタを散文にして投稿しているのだ。モデルにバレたら大事である。 「彼女がいたのなんか学生の頃ですし、マックとか映画とかですよ」 「あー、マックデートとか青春だわー。良いね」 「そういう鈴木先輩は、どういうデートしてたんです?」 「俺? 俺は高層ビルの一室でルームサービス頼んで君の瞳に乾杯よ」 「漫画の話は良いんで」  なんでバレたし。スパダリみたいなデート、憧れるよねー。そんなんされたら惚れてまうやろ。 「俺は――解るだろ。壁際男子、その他大勢、非モテの代表みたいな」 「先輩、もしかして……」  どどど、童貞ちゃうわ。そんな目で見るな。  ちゃんと彼女がいたわけではないが、一応童貞じゃないからな。全くもって、良い思い出じゃないけどな! 「違うからな」 「まあ、そういうことにしましょうか」  違うのに。ぐすん。  そんなアホみたいなやり取りしていると、パンケーキと紅茶、サンドイッチが運ばれてきた。写真で見るよりもずっと瑞々しく美しい、本物のパンケーキだ。 「うわああぁ、本物……」  スマートフォンのカメラを構えて撮影を始める俺に、栗原が「どんな感想ですか」と突っ込みを入れる。なんというか、栗原は俺にたいして突っ込みが多い気がする。 「アクスタとか持ってきて写真撮りてーっ」  同志たちがネットで推し活してるのが羨ましいのだ。本当に羨ましい。 「先輩、SNSとかやってるんですか?」 「……」  無言を貫く。こう言うのは返事をしたらダメだ。次の言葉が想像できるもん。 「アカウント教えて下さいよ。繋がりましょ」 「やだよっ!」  ほら来た! 「何でですか?」 「栗原、お前は賢いし空気読めるし、勘も悪くないし創造力も働く方だ」 「ありがとうございます」 「解るだろっ!? 嫌なの! フォローされたくないの!」  小説アカの宣伝とかしてるんですよ。妄想垂れ流しなんですよ。解るでしょ? 解ってるでしょ? 解ってて言ってるでしょ?  断固拒否する姿勢の俺に、栗原は憂いを帯びた瞳で瞼を伏せた。テーブルに置いた俺の手に、そっと手を重ねる。  ビクッ、身体が跳ねた。 「先輩と繋がりたいな……ダメ?」 「くっ……!」  エッチな雰囲気でそう言うことを言うんじゃありません。

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