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六 だから嫌だったんだ

 うずたかく積まれた本たち。そしてアニメやゲームのグッズがところせましと並ぶ店内。ブクメイトであるっ!  デフォルメされたキャラクターのキーホルダーや美麗なイラストのポスター、可愛い缶バッジや最高のシーンを切り取ったトレカ。様々なグッズが並ぶ光景もちょっと異様だけど、それを食い入るように吟味して次々と買い込んでいく『お仲間』たちも異様である。こう言うときは同じ穴の狢なのでとやかく言ってはいけない。端から見たら自分も同じ人種だ。 「うわあ、すごいですね」  キラキラと瞳を輝かせるイケメンに、居たたまれない気持ちになる。うん、やっぱり一緒にいるのツラい。何で連れてきちゃったんだろう。 「俺はあっちのコーナーに用事があるから、適当に見てみたら?」 「えー、鈴木先輩はこっちの方は見ないんですか?」 「ジャンル違いなんで」  キッパリとお断りして、渋々アニメコーナーを見に行く栗原を見送る。俺もアニメは観るけど、今日はBL本を買うと決めているのである。余計な予算はないのだ。(だが予定にないBL本は買う)  栗原のことは気になったが、今日の目的を忘れてはいけない。BL本を買うのです。特に『合コンに行ったらイケメンにお持ち帰りされちゃいました』の最新刊である。 (えーと、あれはボーイラブスイート出版だから)  出版社ごとに並ぶ新刊をじっくりと見つめる。その間に気になる本を手にとって、裏面のあらすじをじっくりと読む。地雷は少ない方だが、こういうあらすじはしっかり読んで、取捨選択をするのだ。何しろ、購入できる数には限界がある。 (お。鬼畜エリートスーパー攻め様か。王道良いよねえ~。これはあとで電子書籍で買おう)  次々と本を手にとって、あっという間に六冊にもなってしまう。まだ本命を見つけてないのに。 (うはは。大漁、大漁)  新刊だけで既に六冊。今日は良い買い物が出来そうだ。 「あ、あった」  ようやく本命を見つけ、手を伸ばす。これこれ。これを買いに来たのだよ! 『合コンに行ったらイケメンにお持ち帰りされちゃいました』!  表紙を見ると、イケメンでちょっとSっけのある攻めが、半裸の受けを組み敷いている。ちょっとエッチな表紙だ。 (おお、ドラマCD化決定か。評判良いんだな)  特典の書き下ろし小冊子が付いているのを確認し、満足して次の棚に行こうと振り返る。 「わぶっ」 「わっ」  ドン、と鼻がぶつかって、衝撃に手にしていた本が床に落下した。 「あ、すみません。鈴木先輩」 「く、栗原っ」  いつの間に背後にいたのか、夢中になりすぎたのか、気がつかなかった。栗原は謝罪しながら屈んで、足元に落下した本に手を伸ばす。 「あっ」 「折れてないかな」 「ちょっ、良いから――」  BL本を拾い上げて、栗原が固まった。ああ。本当に。 「――えっと」 (終わった)  頭を抱えて、逃げ出したくなる。表紙には半裸の男が絡み合って居るし、タイトルはド直球だし。  栗原が手にしたBL本の帯にはデカデカと、『濃厚お仕置きナカ出しセックス♥』と書かれている。なぜBL本は帯が過激なのか。(遠い目) 「……女の子が読むって聞いたんで、少女漫画みたいなものかと思ったんですけど」 「待て、栗原」  それ以上はいけない。 「もしかして、結構エッチな本だったりします?」 (うわあああああぁぁっ!!)  声にならない悲鳴を上げて、床にガックリと突っ伏す。だから嫌だったんだ! 連れてくるの!  恥ずかしいし、居たたまれないし、なんだか悔しいし、顔を上げられない。 (もぉやだ! 帰りたい!)  けどBL本は買って帰りたい。  しばらく黙って俺を見下ろしていた栗原が、何やら近くにあったサンプルをパラパラと捲る。やめなさい。 「ふむ」  何かを理解したのか、栗原は頷くと、俺の耳元に唇を寄せた。 「ふぁ?」 「こういうのが好きなんですか? エッチですね、先輩」 「ぶわぁああわわわ」  それ、『年下後輩に迫られてますっ!』のセリフ~~~っ!!  思わず顔を上げて、栗原を見る。妖しい表情で微笑む栗原に、ゾクリと背筋が震えた。 「あわあわ」 「あわあわしないで下さいよ。どうです? 結構、上手いでしょ? 演劇やってたんです」 「ええええっ。何それ神……」  良すぎる。好き。  うっとりと栗原を見上げていると、栗原はいつもの表情で、俺に本を手渡した。お願いだから過激なやつを表にしないで。 「はい、先輩」 「うっ。こういうのは、突っ込まないのがマナーだからねっ」  さりげなく過激表紙の本を下にして、クレームを入れる。 「ただの好奇心で、鈴木先輩を辱しめるつもりはないんですけど」 「そんな好奇心、しまっておきなさいっ」  はぁ、耳まで熱いよ。まあ、さっきのセリフは最高だった。もっと言って欲しいわ。録音してループ再生したい。 「演劇やってたんだ」 「まあ、子供の頃にちょこっとだけですけど。鈴木先輩、その本、俺にも貸して下さいよ」 「え。やだよ」  これは性癖暴露大会みたいなものなんだから。気安く貸せないよ。  断固として断ると、栗原は肩を竦め、本棚から先ほどサンプルに置かれていた『年下後輩に迫られてますっ!』を手に取った。 「じゃあ、自分で買いますね」 「ちょっ、興味ないでしょ!? 栗原はっ!」 「とんでもない。興味津々ですよ」 「嘘つき!」 「まあ、漫画に興味がある訳じゃないですけど……」  ホラ! 絶対、俺がどんなの読んでるのか気になるだけだ!  うぐぐ、と睨んだが、栗原は結局レジに漫画を持っていって会計を済ませてしまった。  せめて、もう少しライトな作品にしてくれないかなぁっ!?

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