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五話 まだ早い。

 ブクメイトが入っているビルは、駅前のすぐ側にある。なにしろ昔は百貨店だった。俺は栗原を連れて、駅前のロータリーエリアを歩く。  駅前は学生や休日の買い物客で賑わっている。俺は人混みを歩きながら、栗原のことを甘く見ていたのだと実感した。 「ねぇ、あの人……」 「え、うそ」 「亜嵐くん?」  栗原を見るなり、駅前が俄にざわめく。原因は、駅前にもポスターが貼られているが(洗顔料のCMだ)、栗原がアイドルグループ『ユムノス』の栗原亜嵐の弟で、顔立ちが似ているからだ。 (そんなに似てないと思うんだけどなあ)  確かに、兄弟だし良く似ているけど、同一人物だと誤解するほど似ているだろうか。俺からすれば、栗原亜嵐は確かにイケメンだけど、やっぱりアイドル特有の、なにを考えているかわからない、どこか作った笑顔に見える。  一方、栗原の方は、親しい後輩だし、一緒の寮に暮らす仲間だ。微細な表情の変化も知っているし、ずっと間近で見てきただけに、栗原の方が笑顔が素敵だと思える。 「なんか、すみません。鈴木先輩」 「お前が気にすることじゃないだろ」  そう返事をしたが、栗原は「眼鏡かけてくれば良かったかな」と唸っている。眼鏡男子はそりゃ、俺だって好きだけど。(そうじゃない) (何だかなあ)  兄のために栗原が我慢するのは、違う気がする。  悶々としながら歩いていると、チラチラとこちらを見ていた女子高生らしい一団が、近づいてくるのが見えた。鞄に黄色いリボンがくっついているのを見るに、『ユムノスの栗原亜嵐』のファンなのだろう。 「あ、あの~……」  期待を込めた瞳で近づく少女たちに、俺は思わず顔をしかめた。彼女たちが悪い訳じゃない。けど、勝手に期待をして、勝手にガッカリして、栗原が傷つくのは違う。  俺はわざと栗原の手を掴んで、周囲に聞こえるように言いながら腕を引っ張った。 「|風馬《・・》、そっちじゃなくてこっち。早く行こうぜ」 「――!」  栗原は驚いた顔をしたが、次の瞬間には蕩けるような笑みで「はい、先輩」と返事をした。 「え? 人違い?」 「風馬って言った?」  少女たちは別人だと気がついたのか、誤魔化すように視線をそらす。まだ信じきっていないのか、時折チクチクと視線を感じるが、声をかけてくることはなかった。 「鈴木先輩、ありがとう」 「良いって。お前も大変だな」 「まあ――慣れました」  そうか、そりゃ大変だ。慣れるほどか。  顔をしかめる俺に、栗原はフフと笑う。軽やかな笑みだ。 「そんなに似てないと思うけど」 「先輩くらいですよ、そう言うの。親も間違えますもん」 「え。マジで?」 「まあ。一応、二卵性なんですけどね……」 「え」  二卵性という言葉に、ギョッとして振り返った。二卵性? 二卵性双生児ってやつ? 「双子なのっ!?」 「そうですよ。だから兄って言っても、感覚は友達っぽいです」 「はひゃー」  まさかの双子だったとは。栗原、設定強すぎない? 「昔からよく似てるって、間違えられるんで、夕暮れ寮は気楽なんです。あんまり、亜嵐に興味がある人が居ないみたいで」 「ユムノスは女性ファンが多い印象だもんね」 「そうなんです」 『ユムノス』のことは一応知っているけど、俺はそんなに詳しくない。メンバー全員のフルネームを言えるか怪しいし、顔を見ても「ああ、この子もこのグループだったかー」って感じになるくらいの知識。さすがにCMに出ている子も多いから、顔は見たことがあるし、曲も何曲か聴いたことはあるっていう程度だ。 「外出の度にこんな感じじゃ、ちょっと大変だな」 「モテてるの俺じゃないですしね」  それ、悲しいな。 「俺は栗原くんが好きだからねっ?」  俺の推しは栗原風馬の方なんだから。ぷんすか。 「――ありがとうございます」  ふわり、笑う栗原の笑みに、キュンと心臓が鳴った。イケメンの笑顔、破壊力有りすぎ。  俺の後輩が眩しすぎる件。 「そう言えば先輩、俺のこと、風馬で良いですよ?」 「えっ」  先ほどは状況が状況だったから、わざと風馬と呼んだけれど、それはちょっとハードルが高すぎる気がする。 「だ、ダメだよ。そんなの、俺、調子乗っちゃいそうだし」 「別に、良いですけど」 「ダメダメ。物事には、順番ってものが……」  俺の言葉に、栗原は「ふむ」と首をかしげる。なんだか、どんな姿も様になる。 「段取りが大事ってことですね。じゃあ、栗原で良いですよ」  うん、それなら。 「ん、解った。あんまり先輩風ふかすようだったら、ちゃんと言ってね。俺、こういうの不馴れだから、距離感解らなくて」 「鈴木先輩は大丈夫ですよ」  そんなに全幅の信頼を置かれても困るんだがね。俺はそんなに真人間じゃないし、なんなら、欲望のままに男子たちをカップリングしているヤバいやつだし。 (こんなに信頼してくれてるんだから、栗原のカップリング相手は真剣に考えよう)  考えないという選択はないのである。だってこんなイケメン、カップリング妄想しないなんてあり得ないもんね。  一時期は同期の須藤雅あたりが良いんじゃないかと思っていたけど、雑にカップリングするのは良くないよね。今のところ栗原が仲良しなのは、同期の岩崎と、須藤だ。寮の外のことは、あまりよく知らない。 「ちなみに栗原は好みのタイプって?」 「急っすね。まあ――可愛い感じの子が好きですけど。AMINIの三咲れいなちゃんとか」 「あ、男の子のタイプで」 「何でですか」  怪訝な顔をする栗原に、俺はアハハと笑った。好きな男の子のタイプは、教えてくれなかった。  

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