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十四 嫌いではないけど
「鈴木先輩」
笑顔で声を掛けられ、俺はぐっと押し黙った。無視するわけにもいかないので、「おう」と返事をしてトレイを片手に席に着く。今日の晩御飯はカレーである。カレーは寮内でも鉄板に人気メニューだ。
栗原は当たり前のように俺の前の席に座る。同じくカレーを選んでいるが、こちらはサラダをプラスしていた。
「先輩、最近忙しそうですね」
「まあ、繁忙期だから」
他愛ない会話をしているが、栗原の笑顔が怖い。暗に「避けてますよね?」って顔をしている。うん。避けてる。
(だって、どんな顔して良いか解らんのだもん!!)
栗原世代では普通かも知れないが、俺の世代にはその文化はないんだもん。親しい友人のイキ顔なんか普通は見ないもん。
俺のイキ顔を栗原が見たんだと思うと、耐えられないんだもん!!
(くっそー……)
栗原はイケメンだから良いよ。でも俺みたいなフツメン。そんな顔絶対にブサイクなの解ってるし。キモイだけだし。
なんで栗原は平然とした顔でカレーを食えるんだろうか。栗原の世代じゃ普通だからか? 良く解らんヤツだ。
俺はといえば、大好きなカレーなのに、ちっとも食欲が湧かない。目の前の栗原のことばかり気になって、チラチラと様子を窺ってしまう。
はぁ、とため息を吐いた俺を、栗原がチラリと見てくる。互いに無言で、なんだか気まずい。
俺はおもむろにスプーンを動かし、一気にカレーを掻き込んだ。口一杯のカレーをそのまま水で一気に流し込む。
「っ、ごちそうさまっ。お先っ」
「鈴木先輩」
栗原が引き留めようとしてきたが、俺は「じゃあ」と言ってトレイを持ち上げると、そのまま背を向けて食堂を後にした。
◆ ◆ ◆
ふぅ。食った気がしない。まあ、食欲もないけどさ。
ベッド上に突っ伏して、ボンヤリと壁を見つめる。いつもだったらBL漫画を読むか、ネットサーフィンするか、趣味の妄想小説でも書くところだが、やる気が起きない。
(あれをネタにするほど、神経太くないしなー)
振り返ってみれば、良い具合のBLシチュエーションだった気もするが、ただでさえ気まずいのに、そんなこと出来るわけがない。
「今は、時間が必要だ……」
栗原は普通だし。俺だってそのうち普通になるさ。時々、「あれは何だったんだ」って思い出すかも知れないけど。記憶の片隅で風化するのは、案外、早いかも知れない。
目蓋を閉じて、うとうとし始めた時だった。
ガチャ! ガチャ、ガチャ!
と、ドアの方から音が響く。次いで、ドアを叩くけたたましい音が響いた。
ドンドンドンドン!
「先輩? 鈴木先輩っ。鍵掛けないでよ!」
「く、栗原……っ」
栗原が侵入しようとしたのだと気付き、何故か顔が熱くなった。
(アイツ、また……)
鍵を掛けて正解だった。また無断侵入されるところだった。
俺はドアに向かって、わざと面倒そうに返事をする。
「なんだよ。うるさいな」
「先輩、開けて」
「……やだ」
何となく、まだ栗原を部屋に上げるのは嫌だった。記憶がまだ、生々しい。拒絶に、栗原は一瞬だけドアを叩くのを止めた。諦めたのかと思ったが、そうではないようだ。
「先輩、エッチなことしてるんでしょ」
「はぁ!? ふざけんな、お前っ……」
思わず、ドアを開けて反論する。栗原がスルリと、部屋に侵入してきた。
(ヤバ)
「先輩。無視、しないで」
「しっ、してないだろっ?」
ザワザワと心臓がざわめく。何か、良くない気がする。栗原の顔が見られない。見たらきっと、俺は全部許してしまう。
「鈴木先輩、俺のこと避けるほど、嫌だったんですか?」
「そっ、そうじゃないけど……」
嫌だった訳じゃない。でも、嫌とか良いとか、そういう問題だろうか。
視線を逸らして黙っていると、いつの間にかすぐ傍に栗原が近づいていた。触れてはいないけれど、体温を感じる距離に、ドキドキと心臓が脈打つ。
「ごめんね、先輩。先輩が保守的なのも、段階を踏まないとダメなのも解ってるんだけど」
栗原の手が、頬に触れた。ビクンと、肩が揺れる。
「っ」
「こんなに拒絶されると思わなくて……」
しゅん、と項垂れる栗原に、ズキッと胸が痛んだ。
「く、栗原……」
「先輩、俺のこと嫌いになりました?」
「ま、まさかっ!」
咄嗟に、顔を上げる。
哀しそうな顔で、じっと俺を見る栗原と目が合う。ドキリ、心臓が鳴った。
ああ。ダメだ。俺、この顔に弱いのに。
「嫌いじゃない?」
「嫌いなわけ、ないだろ……」
「良かった」
ポン、と頭に触れられ、そのまま、ごく自然に抱きしめられる。
「っ――」
鼓動が、大きく脈打つ。栗原の胸の中に捕らわれ、驚いて身体を揺らす。
「だっ――抱きつくなっ!」
ぐい、と栗原の胸を押して、身体を引き剥がす。俺、たぶん、真っ赤だ。恥ずかしい。
「良いじゃないですか」
「ダメっ!」
否定に、栗原は拗ねたように唇を尖らせる。ダメだぞ。そんな顔してもっ。
「同意してないのに、勝手に触ったらダメなんだからなっ!」
「ええー?」
「ダメなの!」
栗原は「ふむ」と鼻を鳴らして、耳許に唇を近づけてきた。近い。近いって。
「じゃあ、触っても良いですか?」
「……」
笑顔で囁く栗原に、じとっとした視線を向ける。触っても良いですかって、なにを言ってるんだ。
「先輩ー?」
「ど、どこを……?」
あ。変な聞き方してしまった。栗原は「んー」と唸ってから、ニッコリと微笑む。
「じゃあ、頭?」
「何でだよ。ナデナデされたくねーよ。小さくなったみたいじゃんか」
実際、俺は栗原より小さいけどな!
「じゃあ、顔とか」
「意味解らん」
「えー? じゃあ、お腹」
「バカ言うな」
もしかしてお前、俺のことペットかなんかだと思ってる?
「じゃあ、どこなら良いんですか?」
何で俺が悪いみたいになってるんだよ。別に触らなくて良いだろうが。
「……手、とか?」
つい、そう返すと、栗原は笑みを浮かべて俺の手を取った。
軽く手を取られ、優しく握られる。ただ手を握るだけだと思ったのに、栗原の指がつつ、と甲を撫でてきた。
「っ!」
手首から腕をなぞられ、ゾクッと背筋が粟立つ。肘から脇に手が延びるのを、手首を掴んで止めさせた。
「おいっ!」
「手ですよ、手」
「屁理屈!」
俺はこれ以上好き勝手させまいと、こっちから栗原の手を握りしめる。栗原の手は、俺の手より大きい。指を組んでしっかり掴んでやると、栗原は嬉しそうに笑った。何が嬉しいんだ。
「……お前、もしかして寂しいの?」
「そうかも知れないです」
返答に、はぁと息を吐く。
寂しさゆえに、人肌が恋しいのだろう。その気持ちが解らないわけじゃない。
仕方ないな。そう思って、俺は栗原の背中に腕を回して抱きしめた。
「――」
「今日だけだぞ」
「……先輩、同意無しに触っちゃダメですよ」
「お前、ムカつくなあ!」
もう知らん、と身体を引き剥がす。だが、栗原は笑って、ぎゅっと抱きしめてきた。
「すみません、冗談ですって」
「ったく……」
困った後輩だ。そう思いながら、俺たちはしばらくの間、抱きしめ合っていた。
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