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十六 二人の境界線

「まるは先生の作品……」  まるは先生とは『合コンでイケメンにお持ち帰りされちゃいました』。通称『コン持ち』の作者様である。まるは先生の別レーベルの作品があると知って、通販したのだ。 (過激という噂で、気になっていたが手を出していなかった激ラブ男子コミック……!) 『コン持ち』も結構過激だと思うのに、こちらはれっきとしたR18指定コミックである。つまりそれ以上に過激。何ということでしょう。 「ついにっ、手に入れてしまった……!」  表紙からしていやらしい。エッチな雰囲気がするぅ。いやいや、大事なのはストーリー。まるは先生の会話劇とキャラクター作りは本当に天才的! これも絶対に面白いヤツ!  床に正座して、本を目の前におく。心構えはバッチリである。 「……」  パラ。ちょっと捲ってみる。 (いきなりエッチなヤツ――っ!!)  ページを捲ったらいきなりドーンとエッチシーンだった。(レーベルによっては冒頭にエッチシーンが必ず入るのだ!)うわわ。  数多くのBLを見てきて、結構深い沼に入っていたと思ったけど。 「こ、これはエッチだな……」  ごくり。いやはや、過激だぜ。  ドキドキしながらページをそろりと捲る。うわぁ、かなり、これは……。  と、ついつい没頭して読み耽ってしまう。まるは先生の漫画は読み始めると止まらないぜ。  しばらくそうやって、ページを捲り、前に戻り、右往左往しながら読みふけっていた時だった。 「せんぱーい」 「きゃーーーっ!!」  驚いて本を放り投げてしまう。放物線を描いて落下する本を、栗原がパシッと受け取った。 「あっ、危なかった……! サンキュー。折れてない?」 「大丈夫ですけど――」  栗原がチラリと俺を見る。次いで、漫画本に視線をやった。 「鈴木先輩、顔真っ赤ですね」 「う。うるさいわい。ほら、返して」  表紙もだいぶエッチだったけど、まだセーフだ。既に栗原はBL漫画を知っているからな。しかし、本のせいでドキドキしてるってのに、栗原のやつまた驚かせやがって。余計に心臓がバクバク言っている。 「……先輩、なんか可愛いね?」 「はっ!?」  栗原が手を伸ばしかけて、止めた。 「触って良い?」 「え、なん」  するり、頬を指の背で撫でられ、ビクッと肩を揺らす。 「もしかして、少しエッチな気分になってる?」 「は……あっ!?」  どくん。心臓がひっくり返るかと思うような衝撃が、胸を貫く。指摘されて、自分でもそうなのだと気づいた。ドクドクと、心臓が鳴る。 「揶揄うつもりはなくて――ただ、いつもより、可愛いから」 「な、に言」  パクパクと、金魚みたいに口を動かす。揶揄うつもりはないと言いながら、そんなことをいうなんて、揶揄っているようにしか見えない。ここのところ栗原の発言は、ちっとも信用出来なかった。 「先輩……」  ハァ、と栗原が吐息を吐き出す。何故なのか、栗原もいつの間にか顔が赤かった。栗原の手が俺の手を掴んだ。何をする。そう言って振りほどこうとするよりも早く、栗原の下腹部に手を導かれる。 「え」  ゴリっと、硬いものを感じて、驚いてびくりと肩を揺らした。 「俺も、エッチな気分になっちゃいました」 「――」  ぞく、背筋が粟立つ。栗原の瞳が、じっと俺を見る。多分、俺の顔は真っ赤で、唇が震えていた。栗原が何を言いたいのか、解っていた。先日のように、互いに触れ合いたいと言うのだろう。ドク、ドク、ドク。心臓が耳の中にあるみたいだ。鼓動が大きすぎて、栗原の声があまり聞こえない。 「……先輩が嫌なら……」  俺が嫌なら。俺が嫌なら、他の誰かとするのだろうか。栗原にとっては、「普通」のことらしい。 「っ……嫌、って、言ったら……誰か、他のヤツ、探すの……?」  何故そんなことを聴いてしまったのか、自分でもよく分からない。栗原のシャツを掴んで、無意識に引き留める。他の誰かと、触れ合う栗原を想像して、酷く胸が痛んだ。 「そんなわけ……いや、そうかも。……先輩、どうする?」  栗原が瞳を細める。熱っぽい瞳は、どこか獰猛で、狙いを定める肉食獣のようだった。 「――っ、お前、と……一番、仲良いのは……俺だろっ……」  絞り出した返事に、栗原は惚れ惚れするような笑みを返した。

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