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十九 こいつは不審者だ。

(よく、ない気がする……)  栗原と当たり前のように抜き合うようになってしまった。こんなんで良いわけがないのだが、何度も繰り返してしまうと、今度は拒絶する理由が見つからない。「やっぱり止めよう」というのは簡単だ。でも栗原に「どうしてですか? 嫌いになった?」と聞かれたら、そう言う訳ではないという回答しかないわけで。しいて言うならば「健全じゃない」と否定できるけれど、それが出来ないのはやっぱり、彼を傷つけたくないという気持ち半分と、結局のところ自身も気持ちよくなっているというダメな理由からだった。  とはいえ、自分の精神衛生上、良くないのは確かだ。目の前に綺麗な顔のイケメンがいて、そいつが俺のことを気持ち良くしてくれていて、肉体的な情欲を解消するだけならまだしも、触れ合うことで精神的に満たされているという事実が、俺をダメにしている。 (このままじゃ、ダメ人間になりそう……)  ため息交じりに通勤路をトボトボと歩く。もうすぐ夕暮れ寮に差し掛かるという所で、不審な男がいるのが目に入った。黒のパーカーのフードを被って、電信柱に身を隠してあたりをキョロキョロしている男。  完全なる不審者である。 「……?」  何だアイツ。かなり怪しい。  残業を一時間しての帰宅なので、あたりは薄暗い。この先には寮の隣にある高校と、夕暮れ寮。それから民家があるばかりだ。とはいえ、空き巣という風情ではない。パッと見てパーカーはハイブランドのものだったし、靴もジーンズも高そうだ。手首に巻かれたブレスレットも、見覚えのあるブランドのものだ。 (……?)  空き巣には到底見えない。そうなると変質者の可能性か。まさか高校生に不埒な真似をしようという犯罪者ではあるまいな。君子危うきに近づかずとはいうが、何事も声掛けが犯罪を未然に防ぐことでもある。若い高校生を守るためにも、大人が対処せねばなるまい。 「こんばんは」  俺はあくまで平然と、怪しい男に声を掛けた。あいさつは不審者を撃退する拳である。  男はビクッと肩を揺らし、恐る恐ると振り返った。 「こっ、こんばん、は……」  男は振り返ると、やはり不審者であった。既に薄暗いというのに、サングラスをかけている。不審者でなければ頭のおかしいヤツである。 (何だコイツ)  が、第一印象であったが、次の瞬間には、すべての疑問が解けていた。見慣れた背格好、見慣れた骨格。よく似た声。はっきり言って、控えめに言ってイケメン。覆い隠そうとしても隠し切れないイケメンのオーラと雰囲気。天岩戸を開いた瞬間の天照大神かというほどに、まばゆい青年だった。 「あ、栗原のお兄さん?」 「っ!」  男が驚いた顔をして、恐る恐るサングラスを下げる。露になった表情に、やはりと頷く。 「あー、やっぱそうだ」  テレビCMやポスターで何度も見た、アイドル栗原亜嵐だ。メイクをしていないせいかキラキラ度はいつもより低いが、それでもやはりイケメンはイケメンである。芸能人になるべくしてなったというのが一目でわかる、「一般人とは違うんですよ」オーラ。栗原も相当にカッコいいが、この仕上がりが芸能界の仕事という奴なのだろう。姿勢と筋肉の使い方が、普通の人間とは違う。  栗原亜嵐。栗原の双子の兄で、アイドルグループ「ユムノス」のメンバー。亜嵐は俺が栗原の名前を出したことにホッとしたようで、緊張していた顔を一転させて人懐っこい笑顔に変えた。有料級の笑みである。 「風馬と――弟と、お知り合いの方ですか?」 「ええ。寮で隣の部屋なんですよ。栗原に用事ですか?」  内心、すごいイケメンだ! と騒ぐ心を押さえつつ、同僚の|体《てい》を崩さずにそう問いかける。こんなところに居るのだから、当然栗原に用事があって来たのだろう。 (栗原亜嵐、全然興味なかったけどメチャクチャカッコイイじゃん)  しかも男性アイドルグループだなんて、妄想がはかどっちゃいそうだよ。栗原のお兄さんをネタにするモラルはともかくとして。 「は、はい……その……」  はっきりしない物言いだが、要するに栗原の用事があってやって来たらしい。電話やメールの類ではなく、直接会いたかったのだろう。約束をすべきだと思うのだが、彼は芸能人だから都合が付きにくいのかもしれない。などと思いながら、ふむと顎に手を当て思案する。 「一応申し上げておくと、寮は部外者は立ち入り禁止なんです。ですので、敷地内までは良いんですが建屋内には入れませんのでご了承ください」  残念ながら規則は規則である。肉親を許可してしまうと「肉親ですぅ~」って入ってくる輩が登場しかねないので、親兄弟であろうとも部外者は立ち入り禁止である。なお、知り合いの顔をして侵入してくる不届き者を防止するためでもある。部外者が来ないと解っているから、俺も栗原も部屋の鍵を掛けないのだがね。(かけた方が良いです) 「あっ……そうなんですね……」 「取り合えずここじゃ何ですから、こちらにどうぞ」  そう言って俺は、亜嵐を敷地の中へと案内したのだった。

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