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三十一 イケメンめっ

 栗原に抱えられたまま、俺は再び栗原の部屋に連れてこられた。栗原は俺をベッドに寝せると、そのまま覆い被さってくる。 「ひ、ひぁっ」  カタカタ震えながら身をすくませる。栗原は宥めるように俺の頭を撫でて、額をすり寄せた。 「先輩、怖がらないで」 「っ、だって……」 「確かに、俺も頭に血がのぼってて、冷静じゃなかったと思います」  栗原の声に、少しだけ警戒を緩めて顔を上げる。 「先輩」 「……」 「俺とするの、嫌?」 「嫌っていうか……」  嫌とか良いとかじゃなくない? 何でそんな話しになってるの? 「そ、それ以前に、なんで、エッチしようみたいな流れに……?」 「……もしかして先輩、自分は『ナシ』だと思ってる?」  ナシだと思ってる? どういうこと? ん? ちょっと待って? 「ア――『アリ』なのぉっ!?」  驚きのあまり、すっとんきょうな声が口から飛び出た。  嘘でしょ。アリって。アリってこと? 俺ってばオタクだし、地味メンだし、壁際男子だし、腐男子ですけど!? 「アリですよ。真面目に、大アリです。――伝わって、なかったですか? 俺、露骨だったと思いますけど」 「だだだだって、普通だって言ってた!」 「そんな方便を……」 「岩崎も須藤も普通だって言ってたもん!」 「そりゃ、人選ミスですよ」 「それな!」  くそぅ。解っていたけど、指摘されると俺がマヌケみたいだ。  栗原がじっと、俺を見つめる。悪ふざけなんかしてない、真剣な表情で。 「鈴木先輩……。先輩が、好きです」 「っ……」  アリだと言われたときから予感していた言葉を、形として口にされ、心臓がドクンと強く脈打った。  嬉しいのか。喜んでいるのか。驚いているのか。戸惑っているのか。解らない。感情は複雑で、ザワザワと胸を締め付ける。 「先輩は……俺のこと、どう思ってんの?」  ビクリと、手が震える。  可愛い、後輩だ。イケメンで、好きな顔だ。愛嬌のある性格も、少しすけべなとこも、嫌いじゃない。嫌いなわけがなく、むしろ好き寄り。けど。 「っ、ま、まだっ……」 「まだ?」 「まだ、セーフだもん! まだ好きになってないもん! まだ――」 「……つまり?」 「っ……おっ、押さないで……」 「――」  まだ、好きになってない。けど、あと少しで好きになっちゃいそう。危険だから、気を付けてたのに。ダメだって、言い聞かせてたのに。 「押しますよ。俺は、好きになってもらいたい」 「っ、や、やだよ……怖いよ。好きになっちゃったら、どうするんだよ……」  ああ、俺って、酷いやつ。  好きだって、言ってくれてるのに。俺なんかを好きだって、そう言ってくれてるのに。  不安で、怖くて、逃げ出したい。聞かなかったことにして、今まで通りの先輩後輩でいたかった。 「……ごめんね。先輩。怖いよね。不安にさせてるよね。俺は先に好きになったから、覚悟してるけど、先輩はそうじゃないもんね」 「っ、う」 「ひとに紹介出来ないような関係だって、解ってる。結婚だって出来ないし、不安なのも解ってる。でも、押させて。俺に、落ちてきて。先輩じゃなきゃ、嫌なんだ。先輩じゃなきゃ、ダメなんだ」  なんで、俺なんだ。なんで、俺なんだよ。  グッと息を詰まらせて、栗原を見る。栗原の唇が、俺の唇に優しく触れた。 「ひ、きょうものっ……」 「うん」  ぎゅう、と抱き締められて、俺は身体の力を抜いた。栗原は、諦めそうにない。負けだ。根負けした。 「……解った、けど」 「先輩」  栗原がパッと顔を明るくする。 「恋人に、なっても、良いけど……」 「先輩! 大好き!」 「うわ、っぷ」  顔面がつぶれそうなほど抱き締められて、息が苦しくなる。 「っ、ちょっと!」 「あ、ごめん」 「ったく! 良いけど、エッチはダメ!」 「――」  栗原の笑顔が凍りついた。 「え?」  聞き違い? そんな風に首を傾げる栗原に、俺は目の前でバツを作って見せる。 「ええええ、エッチはダメ!」 「……冗談、でしょ?」 「だ、ダメなものはダメっ! それが出来ないなら、付き合わないからっ!」 「――酷いよ、先輩」  栗原は俺の首に顔を埋めて、犬みたいに鳴いてみせた。そっちの方が、ズルい。 「くっ、栗原っ……」 「先輩は、挿入が怖いだけだよね?」 「ま、まあ……」 「じゃあ、他は、しても良い?」 「他?」 「例えば――指、入れるのとかも、ダメ?」 「っ!!!!」  なんてことを言ってるんだ。とんでもない。 「そっ、それはっ……」 「それも嫌?」 「っ、~~~~っ」 「鈴木先輩」 「いっ……一本、だけなら……やっぱ今のナシ――!」  言葉を奪い取るように、唇を塞がれる。 「ダメ。言質は取ったからね」 「ちょっ」 「先輩は俺の恋人で、指までは入れて良いってことで」 「ちょっと、一本だからね!?」 「良いよ。今はね。でもそのうち絶対、先輩から中に出してって言ってもらうから」 「――ビっ……BLの読みすぎだよっ!」 「先輩はもっと勉強してね」  くそ。完全に手玉に取られてる気がするし、俺も殆ど折れかけてる。厄介すぎる。  けど、許してしまう。可愛くないのに。 (イケメンめっ……!)

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