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三十四 完全に浮かれております。

「俺、彼ピが出来たわ」  発言に、一瞬だけ手を止めて、お馴染みの壁際男子部の面々が顔を上げる。 「自慢のつもりか? 俺だってカノくんが居るもんね!」 「あっ、うん。よ、良かったね。俺も、あ、うん」 「やっとか。まあ、俺はとっくに居るがな」  と、吉田、田中、佐藤が口にする。 「はぁっ!? どういうことだよ!?」  叫ぶ自分の声で目を覚まして、ハッとして時計を見る。まだ五時じゃん。 「す、すごい悪夢見た……」  何あれ。腐男子の夢としても怖いんだけど。俺はイケメンは好きだけど、モブには興味ないんだよ。 「……やっぱ、俺ごときがイケメンの彼氏が出来て浮かれてんのかな……」  自分で『彼氏』と口にして、カァと頬が熱くなる。  俺、本当に、風馬と付き合うことになったんだよな。あとから、酷い冗談だったとか言わないよな。いや、もうあの顔になら騙されても良いかな。だってイケメンだし。 「はぁ~、好き(顔がだぞ!)」  あれ、もしかしてコレ、本人に「最高だー! 大好きだー!」って言っても引かれないんじゃね? 推せるじゃん。 「……やっぱ、夢かな。それか、死ぬのかな……」  ベッドに突っ伏して、枕にしがみつく。すごい都合の良い夢、見てるじゃん。    ◆   ◆   ◆  部屋の扉を開くと同時に、隣室の扉が開く。偶然ではあるが、こんなことはままあって、理由は単純に朝飯の時間が一緒だからだ。  部屋から顔を覗かせ、風馬がふわりと笑う。 「おはよ、先輩」 「おおおお、おはよう」  動揺して、どもってしまった。落ち着け俺。昨日風馬が彼氏になったような気がしたけど、俺の気のせいかも知れないし、夢かも知れないから。動揺してる場合じゃない。深呼吸、深呼吸。  そう思う俺のそばに近づき、風馬が顔を寄せる。ふに、と柔らかい感触を頬に感じて、思考が停止する。 「今日も、可愛い」 「―――」  夢じゃなかったわ。 (現実っ……!)  どうやら俺、世界一イケてる彼氏が出来たらしい。死ぬのかな。  心の中で悶絶しながら、表向きは平静を装って、普段通りに取り繕う。朝からほっぺにチューされちゃったぜ。やば。 「朝から調子乗るな」 「良いでしょ。うちの寮じゃ誰も気にしないし」 「……」  まあ、うちの寮は酔っぱらってディープキスしても、笑って済まされるからな。*『気弱な暴君』 二十四話参照  そのまま、一階にある食堂まで降りていき、今日のメニューを選んでいく。恋人になったと言っても、いつもと変わらない。トレイを手にして席の方に向かえば、風馬は須藤たちに呼ばれるし、俺は吉田たちと一緒の席だ。暗黙の了解的に座席が決まっていて、近いとも遠いとも言えない、微妙な距離に座る。そんなものだ。 (恋人になったって言っても、別に何も変わらんな)  これなら、なんとかやっていけるかも知れない。いや、まあ、風馬は俺の尻を狙っているわけだが。  吉田のバカ話に耳を傾けながら、不意に視線を感じた気がして、顔を上げる。風馬と目が合い、ドキリと心臓が跳ねた。  小さく手を振る風馬に、俺も小さく合図を返す。恥ずかしい。顔から火が出そう。些細なことだが、些細なことだけど。 (これが、恋人ってことか……)  不覚にも、胸が疼いてしまった。

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