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三十七 だって
「美味しかったーっ」
「今日のも美味しかったですけど、バジルのやつも気になりましたね」
「うん。あとピザも気になったな~。また来ようよ」
「ですね」
すっかりお腹いっぱいになって、並んで歩く。当たりの店だったな。まあ、ナンパ客はいたけれど店の落ち度ではないし、風馬がイケメン過ぎるのが悪い。何しろ、世界一イケてるし。宇宙一カッコいいから。
軽くアルコールが入っているので、ふわふわした足取りで夜道を歩く。なんとなく、気持ち良い。
「そういやさっき、レジでなんか言ってたけど?」
「あ――別に、大したことではないですけど……」
バツが悪そうにする風馬に、俺はじとっと顔を覗き込む。コイツ、さては店員にもナンパされたな。店員のお姉さん、なんとなく風馬のことじっと見てたもん。
「ナンパされてたんだろ。連絡先聞かれてたんだろっ」
「教えてませんよ。受け取ってもいませんし……。一太先輩、嫉妬?」
痛いところを突かれ、ぐっと息を詰まらせる。
「違うしっ! 嫉妬じゃないけど!」
「……」
なんだその目は。嫉妬じゃないもん。嫉妬なんかしないもんね。
「だっ、だって、デートなのに……」
俺と風馬はデートなのに。俺と風馬が付き合ってるとは誰も思わないから、そんな真似ができるんだ。俺は風馬と初デートなのに。
あ、なんか、哀しくなってきた。
「先輩」
風馬が顔を近づける。ふに、と唇に柔らかいものが押し当てられて、驚いてビクッと肩を揺らした。
「あ」
ここ、外だけど。公道だけど。そんな言葉を呑み込んで、風馬の唇を受け入れる。触れるだけの優しいキス。それからそっと唇を離して、また塞がれる。今度は、深く。
舌が侵入してくるのを、浅く唇を開けて受け入れる。俺は風馬の背中に腕を回して、ぎゅっと服を握りしめた。舌が熱い。蕩けそうだ。ちゅうと舌を吸われ、ぞくっと背筋が粟立つ。角度を変えて、何度も唇を吸われ、食まれる。膝から力が抜けて腕の中から滑り落ちそうになるのを、風馬が支える。民家の塀に押し付けられ、それでもキスは止まらなかった。
「っ、ん……」
はぁ、吐息を吐き出す。互いに、身体が熱い。風馬が小さく「先輩」と呟いた。
心臓が、ドキドキする。頭が、くらくらする。
「……あんま、可愛いこと言わないで。先輩」
「ふ……ん……、言って、ないし」
「このまま、帰りたくなくなっちゃう」
首筋にキスをされ、ビクッと肩を揺らした。
(ああ、門限……)
門限を破ったことなど一度もないし、門限を不便だと思ったことなど一度もなかった。俺って、真面目だったんだ。
(風馬を受け入れる心の準備なんか、してないのにな……)
いざ「そう」なったら、また拒否してしまいそうなのは解り切っているのに、どうしてか、もっと風馬と触れていたいと思ってしまう。もっとあの唇を味わいたい。素肌に触れて居たい。隙間がないほどピタリと寄り添って、朝まで過ごしたい。そんな欲求が、ムズムズと湧きあがる。
「……しゃーない。帰るか」
「次は、外泊申請しましょ」
「ばか」
風馬の頭を軽く小突いて、手を繋いで夜闇の中を歩きだす。二人とも、クスクス笑い合って、なんとなく、擽ったかった。
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