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四十話 一本だけ
ギシ、ベッドが軋む。本当は男二人で寝るようなベッドではないのかもしれない。強度を気にするふりをして、緊張するのを誤魔化す。
(ハァ……、どうしよ。どうしよ……)
ドキドキする。指先が震える。緊張して、胃のあたりがぎゅっとする。顔が熱い。血が沸騰してるみたいだ。少し怖い。けど、少し興味もある。
「……風、馬」
恐る恐る呼びかけながら、風馬を見上げる。怖いよ。でも、怖いばかりじゃないよ。口では言えないけど、ちょっと目で訴える。風馬は手を伸ばすと、俺の髪に手を差し入れる。頭皮を触れる指に、ぞく、と背筋が粟立つ。ヤバイ。頭って、ちょっと気持ち良いんだ。
「一太さん……」
ちゅぷ、と唇を軽く噛まれ、吸われる。舌先で擽るように唇に触れ、探るようにゆっくりと咥内へ侵入する。キスの気持ち良さに酔いそうだ。甘い感覚に、身体の力を抜く。
風馬は掌で俺の身体をゆっくりと撫でていく。掌が皮膚を滑っていく感覚に、ぞくぞくと震える。手が、さわさわと鼠径部を撫でた。
「んぁ、ん……」
柔らかな皮膚をなぞられ、ビクンと身体を跳ねらせる。風馬は熱っぽい顔で俺を見下ろして、手をそのまま尻の方へと移動させた。なだらかな丘をなぞるように触れる指に、緊張で身体が固くなる。今まで、触れられて来なかった場所だ。
「あ――……、風……」
「力、抜いて……」
「うっ……ん」
力を抜けと言われても、緊張のせいで身が固くなる。どうしていいか分からない。戸惑う俺に、風馬は上体を起こすと、俺の膝をぐっと掴んだ。
「大丈夫だから、脚、開いて」
「だだだ、大丈夫、かな……!?」
何が大丈夫なのか、正直解らない。他人に向けて足を開いた経験などあるわけない。そんなのは、赤子の頃に母親に見せただけである。どうしても足を開けずにいると、風馬がやや強引に膝を左右に割り開いてしまった。
「あっ……!」
すごく。恥ずかしい。
無防備な姿をさらけ出して、顔が熱くなる。
「み、見るなよぉ……」
「多分ちゃんと見た方が危なくないです」
なにその理屈。いや、そうかも知れないけどっ。
直視できずに顔を両手で覆って、それでも我慢して足を閉じずにいた。カクカクと膝が震える。
目を閉じていて解らないけれど、ぬちゅっと濡れた音が耳に届いた。多分、ローション的なものを用意したのだろう。
(う……。怖い……)
女の子だったら、初めては痛いらしい。BL漫画的には、最初は痛いやつも、最初から気持ち良いやつもあるので、正直なところ解らない。
(どっちっ……!?)
「ふ、風馬っ……」
「はい?」
「ゆ、指だけだよ……?」
「……解ってます」
なんだか俺の彼氏は「解ってます(解ってない)」みたいな声をだした気がするけど、大丈夫だろうね。信用してるよ?
ぴちゃり。濡れた感触を尻に感じて、ビクンと身体を跳ねらせる。正直に言うと、そんな場所が濡れているのは不快だ。けど、次いで指先が穴をなぞる感触にゾクッと背中が震えた。
「ひぁっ!」
(な、なに……?)
驚いて目を開く。風馬がやけに真剣な顔で、じっと俺の股間を見ている。メチャクチャ恥ずかしい。死にたい。
「うっ、っ……!!」
言葉にならない衝撃を呑み込んで、視線をさ迷わせる。もう駄目だ。耐えられない。けど、逃げるわけには行かない。ここで逃げたら、多分俺、一生逃げてしまう。
すぅと息を吸い込んで、手直にあったクッションをぎゅっと抱きしめる。すごく、不安だ。心もとない。
風馬はしばらくの間、ゆっくりと入り口を撫でていた。そこの皮膚が薄いのを初めて知った。敏感で、ぬるぬるしたローションで撫でられているだけで、何故だかいやに――。
(気持ち、良い……かも……)
触れているだけならば、気持ち良い気がする。直接性器を刺激するような気持ち良さとは違う快感が、確かにある。アナルセックスが気持ち良いというのが、もしかしたらファンタジーの中の話ではないのかもしれないと、少しだけ興味になって疼き出す。
「ふう、ま……」
「うん……」
「俺、初心者だからね……特殊な訓練受けてないからね……」
「……優しくします」
信じてるよ? 本当に頼むよ?
俺の覚悟を読み取ったのか、風馬の指が、ゆっくりと入ってきた。
「あっ……!」
反射的に口から声が漏れる。ぬ、と指が、入ってくる。
(う、わ……、指……がっ……)
ローションの滑りのせいか、指一本だからか、さほど抵抗なく指が肉に吞み込まれていく。
「っ……ん……」
(あ、あれ……?)
穴はすっかり指を呑み込んでしまったらしい。思いのほかすんなりと挿入できたことに、拍子抜けしてしまう。ドクドクと、内部が脈打っている気がする。けど。
(――なんか、思ってた感じじゃないな……)
想像では、メチャクチャ痛いか、快感を感じるかのどちらかだったのだが、正直に言えばどちらでもない。ただ、違和感だけは凄い。なんというか――生理現象の延長。に、近い。
「大丈夫? 先輩」
「お、おう……。何か、思ったより……平気……」
怖がるほどでもなかった。何だ、こんなもんか。へへ。平気だわ。余裕じゃん?
なんて思いながら、ニヘラと笑う。まあ、後輩の指が俺の尻に入っているわけで、状況で言えばかなり恥ずかしくはあるのだが。
(しかし――別に、気持ち良くないな)
なんだ。アレは方便だったのか。女の子も漫画みたいには感じてないっていうし、そういうものなのだろうか。それとも、俺が不感症なんだろうか。なるほどね。
すべてわかり切ったようなつもりになって、俺はホッと息を吐く。なんだー、こんなもんかー。全然、怖くなかったわー。別に気持ち良くもないけどー。
なんて、余裕をかまそうとした、その時だった。
「じゃあ、動かすね」
ぬぷ、と、風馬が指を引き抜いた。
「――っ!!?」
引き抜かれる瞬間の快感に、ビクンと身体が跳ねる。思わず、風馬の腕を掴んだ。
「ちょっ……!」
「え?」
え。なに、今の。
「ちょ、ちょ、ちょっと……待って……」
じわり、涙が浮かぶ。
「……はい」
ぐっと息を呑んで、風馬が動きを止める。
頭が混乱する。何、今の。
ハァハァと、息を吐く。落ち着け。落ち着け俺。
「……」
風馬が、じりじりと指を再び奥へと挿入する。ちょっと待てと言っただろうがっ。(怒)
「一太さん……動かして、良い?」
「う……うーっ、うーっ……」
風馬の腕にしがみ付き、涙目で見上げる。何で嬉しそうにしてんだ。何笑ってんだ。
「……こういうのは……、どうです?」
「っ!」
指が内部を擦るように、くにくにと動き回る。鈍い圧迫感と、変な感触。腸壁を擦る感触は、快感があるわけじゃない。けど。
「ふ……まっ……」
首を振って、シーツを蹴る。動かすな。動かすな!
「……抜くとき、気持ち良い?」
「あっ、あ……! っんあ!」
ぬぷぬぷと、指が何度も引き抜かれる。それ、ダメだ。それは、ダメなヤツ。
「あ、あっ……!」
勝手に口から甘い声が漏れる。待ってって、言ったのに。
(き、もち……良い……)
じわじわと湧きあがるにぶい感覚は、確かに――快感だった。
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