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四十二 0.1%足りない
ちゅ、と目蓋にキスをされ、くすぐったさに身を捩る。風馬はお構いなしに顔中にキスをして、俺の身体を抱き寄せた。
互いの身体をピタリと寄せあい、足を絡ませる。恋人同士の事後は、こんなにも甘いものか。素肌を重ねることの心地よさに、胸がドキドキする。
風馬はひとしきりキスして、満足げに笑うと、額をすり寄せた。
「コーヒー、淹れ直します?」
「……良いよ」
そういえば部屋で少し話そうと言って、風馬の部屋に来たんだった。コーヒーはすっかり冷めてしまったけれど、もう時間も遅い。
「いや、良いよ。また今度で。――それより、シャワー浴びないと……」
もぞもぞと身体を動かして、風馬の腕から逃れようとしたが、ぎゅっと抱き締められて離してくれない。
「こら」
「んー。あとちょっと」
「お前も、シャワー浴び行くぞ」
ポンポンと背中を叩いて、風馬を促す。風馬は名残惜しそうにしながら、のそりと起き上がった。
「今まで不便に思ったことないけど、部屋にシャワーないのって、けっこう不便だな」
俺は風邪もひいたことないし、不便だと感じたことはなかった。後輩とセックスすることになるとも思ってなかったし。
「女子寮には部屋にシャワーあるそうですよ」
「えっ。そうなんだ」
女友達なんか居ないから、知らなかったよ。ちなみに女子寮はもっと会社の近くにある。夕暮れ寮に比べると、施設が古いとかなんとか。建て替えの話しもあったが、寮そのものが廃止になるという話しも出ているようだ。その辺りは、時代というやつだろう。
「部屋にお風呂があれば、一緒に入れるのに」
「わっ」
背後から抱き締められ、首筋にキスされる。体温がまた、高くなった。
「風馬」
「一緒に浴びます? シャワー」
「アホか」
あんな狭い場所に一緒に入れるか。それに、誰かに見られたらどうする気だか。
「けっこう、本気なんですけど」
「……ナシ」
「残念」
そんな風に頭をすり寄せても、ダメなものはダメだからな。
ここのところ、この犬っころみたいな後輩で恋人は、甘え方を覚えてしまったようだ。俺が弱いのを知っているのだ。
(全く……)
イケメンだから許しちゃうんだけど。
脱ぎ捨てた服を拾いながら、ふと(そう言えば)と思い、手を止める。
「なあ、お前――」
「ん?」
「……その、いつから、俺のこと好きなの……? ってか、どこが……」
風馬は目を瞬かせて、それから恥ずかしそうに口許を覆った。照れてる様子が可愛い。
「……それ、聞いちゃいます?」
「そりゃあ……」
「……」
風馬は唇を尖らせ、恥ずかしそうにしながらチラリと俺をみた。
「――最初は、正直、からかってただけなんです」
風馬くん?
「先輩、面白いし、反応が良いから……」
「まあ、それはね」
俺だって、良いコンビだと思ってたもん。風馬とわちゃわちゃするのは、すごく楽しい。
「意識したのがいつだったかなんて、正確には解んないですけど――先輩、イケメン好きだって言うけど……」
「好きだよ?」
まさか、ファッション腐男子だとでも思ってる? 真実、イケメンが好きだけどね?
「あ、それは疑ってないです」
「あらそう」
「先輩自身、イケメンじゃないですか」
「ぶふっ」
何を言ってる?
「幻聴?」
「いや、中身。いえ、見た目も可愛いですけど」
「いや、フォローはいらんけど」
「可愛いのに……」
え? 中身がイケメン?
「残念の間違いでは」
「先輩の自分をしっかり持ってるとこ、俺、好きですよ」
「イケメンには弱いが?」
「でも先輩は俺が間違ったら、絶対にグーで殴りますよ」
「……過大評価しすぎだけど」
闇落ちイケメンだって好きだよ? 誤解だよ?
「先輩は可愛いけど、カッコいいんです」
ふわり。風馬が笑う。ぎゅんっと心臓が捕まれたみたいに、痛くなる。ぐぅ。イケメンのキラキラ笑顔。反則。
「そっ、そんな風に、思ってくれてたんだ?」
うう。恥ずかしい。嬉しいけど。しかし、プレッシャーである。
「そういう先輩が、好きなんです。先輩は、俺にとって、凄く特別なんです」
「うん。俺も――」
身体を寄せてそう呟いた俺に、風馬が目を開いた。
「先輩も?」
「――っ!」
あぶね。流れで「俺も好き」とか言いそうになったし。いや、ここは言うとこか? でも、半端な気持ちで言いたくないし。何というか、もう99.9%くらい好きなんだけどさ。
「言ってよ。ねえ、先輩……」
「っ……ま、まだ、0.1%足りないからっ……」
「――それって、もう誤差じゃない?」
「だ、だめ」
「意地悪してる?」
「違うっ。そんな――そんな、半端な覚悟と気持ちで、言いたくないだけだっ! 流されて、言いたくないっ」
「――先輩」
風馬が、少し感動したような顔をする。
「先輩、俺のこと超好きなんですね」
うるさいわ。
ムッと唇を結んでそっぽを向くと、風馬が背後からぎゅっと抱きしめて来た。
「先輩、好き。超好き」
「――」
こんな風に愛を囁いてくれるこの男を、俺も愛おしいと思う。可愛いと思う。大切にしたいという気持ちが沸き上がる。こうしていると、胸が熱くなって、すごく安心する。幸せな気持ちになる。
「ふ、風馬……」
コツン、頭を風馬の身体に寄せる。
「はい」
「まだ、言えないけど……。うやむやにしようとか、全然思ってないから」
「……はい」
「お前のことは、俺が幸せにするからなっ」
推しの幸せは自分の幸せである。俺の最推しは間違いなく風馬だからね。絶対に幸せにしてあげるからね。
「――もしかして今、プロポーズされました?」
「してないっ!」
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