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四十六 乱入者
『すみません先輩。急な残業で、今日は遅くなりそうなんです』
送られて来たメッセージをデスクで眺めながら、俺は時計を見た。時刻は定時間際で、月末の今日は残業をしないと決めていたが、どうやら風馬は難しかったようだ。
『締切だからね。デートは週末にしよう。残業頑張って。無理しないで』
返信を打つと、すぐに羊が謝っているスタンプが送られて来た。風馬の所属している経理部は、締切となると忙しく、残業が多い。突発的な業務さえなければ、何とか帰れそうだと言っていたのだが。
(仕方がない。寮でご飯食べよう)
風馬とのデートは、週に三、四日。会社帰りに落ち合って、飯を食うだけのデートではあるが、寮のような人目のない、二人きりの時間は貴重で、何をしても新鮮で楽しかった。部屋でのんびり過ごすときも、自然と寄り添う時間が増えて、触れ合う時間が長くなって、隣の部屋なのに離れがたくて、どちらかの部屋に居ることが増えた。
終業のベルと同時にパソコンをシャットダウンさせ、鞄を背負う。定時で帰る人波の流れに乗りながら、風馬が居るだろう建屋の方を一度だけ振り返った。
(がんばれー)
胸中で応援し、帰路に着こうと言うところで、前方を歩く男の会話が耳に届く。
「アンタ来月、誕生日だろ。ちょっと良いとこ飯行こうぜ」
「えっ……。芳ってばおれの誕生日知ってたの?」
なにやらあまやかな雰囲気で語らっているのは、同じく寮生の上遠野悠成と、星嶋芳の二人だ。
(まるでカップル)
あら嫌だ。この二人、どう見てもカップルだわ。ご馳走さま。
久し振りに脳内妄想を補完できた喜びに、お礼を言っておく。
しかし、誕生日か。そう言えば風馬の誕生日っていつなんでしょうね?
(ふむ)
歩きスマホではあるが、気になったらすぐに調べたいタイプの俺である。こう言うときはウィキペディアさまである。
なんと風馬、誕生日がウィキペディアで解る。なぜなら栗原亜嵐と同じ誕生日だから!
ちなみに調べれば実家の住所も解るらしい。怖いよインターネット。
(なんだ、八月か。過ぎてる)
まあ、俺の誕生日も五月なので過ぎている。互いに来年の話になりそうだ。
「来年か……」
藍色の夜空を見上げ、吐息を吐き出す。来年も、寮で一緒に過ごすんだろうか。互いの部屋を行き交いながら、秘密の恋を続けるのだろうか。
(俺が焦りすぎなのかな……。いや、来年まで楽しみがあるんだ。そう思おう)
気持ちを切り替えるように首を振って、俺は足早に寮へと向かったのだった。
◆ ◆ ◆
寮に帰って人心地ついた後に、食堂へと向かう。ちょうど混雑時間のようで、人ごみでごった返していた。本当なら外で食べて来る予定だっただけに、行列は少しだけ辟易した。
(混んでるなあ)
今までだったら苦にならなかったのに、少しだけ億劫になっている。心理的要因というのは大きいものらしい。メニュー選びにも難航しながら、ひとまず「本日のおすすめ」を手に取って、トレイ片手に席を探す。こんな日は誰かとお喋りを楽しみながら食事をする気分にもなれず、端の方にあるテーブルに座る。と、中央の大テーブルの方から笑い声が上がって、つい視線をそちらに向けた。
「めちゃ解る~」
「それマジの話?」
盛り上がっているらしいグループに目を向け、丼を手に取る。大口を開けて飯を掻っ込みながらピンク色の髪が目に入った。どうやら、岩崎たち新人たちのグループが集まって食事中のようだった。
(仲良いねえ)
岩崎たち同期六人は仲が良く、ああいう姿をよく見かける。風馬も食堂で飯を食う時は、大抵このメンバーと一緒だ。相変わらずの仲の良さに頷きながら二口目を口にしたところで、ハタと箸を止める。
(ん? 六人?)
六人掛けのテーブルの方に再度視線を向け、頭を数える。ピンク色の髪の岩崎。少し赤めの茶髪なのが須藤。黒髪の大男が羽鳥。陰のある雰囲気の黒髪の青年が月島。軽薄そうな茶髪の男が立花。それから、明るい茶髪のゆるやかな髪をした――風馬。
「え?」
風馬。な、わけない。ちょっと待て。何だアレ。誰だ。
いや、答えはもう解ってるんだけど――。
つい立ち上がり、テーブルを覗き込む。
風馬によく似た風貌の、笑顔がキラキラのイケメン。
(亜嵐――!!)
部外者立ち入り禁止のはずの寮内に、何故か栗原亜嵐が入り込んでいた。
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