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エピローグ

「うわー、凄い人。『ユムノス』って人気なんだね」 「俺もコンサートとか始めてきましたけど、こんなに凄いんですね」  風馬も『ユムノス』のコンサートは初めてだったらしく、人の多さに驚きを隠せないようだった。コンサートに集まった人はほとんどが十代から二十代の女性のようだ。若い女性に人気なのだと改めて思う。行列に並ぶ女性たちは皆オシャレをしていて、手にグッズや自作のアクセサリーなどを身に着けていた。 「一応、招待席は別らしいんですが」 「もしかしたら少し遅れて入った方が良いのかもね……」  ある程度人が居なくなってから入った方が良さそうだ。人ごみを外れ、一度通りの方へ出る。通りの方にも、まだ列にたどり着いていないファンたちがちらほら歩いていた。日本中。もしかしたら海外からも来ているんだろうと思うと、本当に凄い。  近くのカフェで一度一休みしようと言うことになって、俺は風馬を連れてカフェの中に入った。カフェでは『ユムノス』の音楽が流れていて、コンサートに合わせて楽曲を変えているのだと知って、少しだけびっくりする。 「このエネルギー、何か凄いね。俺もオタクだから割とこういう気質あるけどさ」 「『コン持ち』の映画も、こんな空気かも知れないですね」 「あー、あるかも。でもどうなんだろうね、推しのBL作品って」 「どうなんでしょうね。相手役が女優さんとかだと荒れることもあるみたいですけど……そもそも実写化が地雷って人も多そうですし」 「俺は実写肯定派なんだけどねえ」  ナマモノOKだもん。実写とか余裕よ。まあ、アニメ化の噂があって、ドラマ化だったから、賛否はあるだろうな。アニメの方が良かったって意見もチラホラ見るし。でも個人的には、実写化に耐えうる題材だってのもポイントだと思うんだけどね。  コンサートに向かう少女たちを横目に、コーヒーを啜る。いずれにしても、実際に映画を観たら、きっと意見はまた変わる。俺はきっと、良い作品に仕上がると思うけど。 (何しろ、あれだけ頑張ってたし――風馬とも、仲直りしたし)  チラリ、風馬を見る。風馬は楽しそうに窓の外を眺めながら、映画を楽しみだと口にする。  あれから、風馬は亜嵐と、良く話し合ったようだ。互いに遠慮していた部分を取り払い、少しは本音で話せたのではないだろうか。どんな話をしたのかは聞かなかったけれど、亜嵐から『鈴木さんもありがとう』とメッセージが送られて来たから、きっとわだかまりはグッと少なくなったんじゃないだろうか。 (おかげで、チケットまで送って来てくれたしね~) 「そう言えば、帰り楽屋に遊びにおいでって言ってました」 「へー、良いのかな。一般人が入っても」 「まあ、亜嵐が良いって言ってるんだし、良いんじゃないですか?」 「楽屋とかちょっと面白そうだよね~。あ、風馬は入ったことはあるのか」 「こんな大きなコンサートホールじゃないですけどね。まあ、でも似たようなものだとは思いますけど」  そう言って、風馬は一度言葉を切った。 「一太さん」 「ん?」  風馬は少し緊張した顔で、それから気恥ずかしそうに眼を逸らした。 「実は、市民劇団に、入ろうと思って」 「え――」 「自分でも、自分の気持ちがまだ分からないんです。今更のような気もするし、でも、向き合わないで終わらせたままで良いのかも。だから、まずは趣味でも良いから初めてみようかなって」 「良いと思う!」  思わず前のめりになって、そう叫ぶ。風馬は驚いた顔をしたが、すぐに破顔した。 「今更なんてこと、ないだろ。始めるのに遅いなんてことはないよ。そりゃ、他の人と比べたら不利なこともあるだろうけどさ……」 「ありがとうございます。応援、してくださいね」 「勿論。人気者になっても、俺のこと忘れるなよ」 「忘れるなんてありえませんよ」  くすくすと笑い合って、テーブルに置かれた手に手を重ねる。通りの梢が風に揺れて、シャラシャラと音を立てた。アンコールを呼び掛ける、拍手の音のようだと思った。  ◆   ◆   ◆  それから――。 (ううむ。相変わらず、うちの寮の顔面偏差値って高いよな)  ノート片手に、寮内を柱の陰からじっと見守る。 (相変わらず須藤くんは可愛いなあ。岩崎はまた違う可愛さがあるよなあ。藤宮は綺麗系だし)  うんうんと頷きながら、メモを取る。こうして寮内観察をしながら妄想をはかどらせるのは、やはり止められないのである。俺にとっては栄養補給のようなものなのだ。 「さて、あっちにはどんなイケメンが――」  そう言いながら振り返る。と、目の前にキラキラしたイケメンが立っていた。 「はぅあっ! カッコいい、好き」 「振り返りざまに告白されるのは嬉しいですけどね。俺だけなら」 「好きは風馬にしか言わないもん」  呆れた顔の風馬に、へらっと笑って見せる。風馬はここの所、働きながら劇団の活動もするようになった。体型維持や肌の手入れなども始めたので、今まで以上にイケメンに磨きが掛かっているのである。最近は若い女の子から「イケメン劇団員」「栗原亜嵐の弟」と認識されつつあるようで、少し嫉妬してしまうけど。 (まあ、風馬が好きなのは俺だしね!)  へへん。と思って許してあげているのである。何しろ、ファン第一号は俺でもあるしな! 「全く……。一体何を書いてるんです?」 「あっ! ダメだよ! エッチっ!」 「エッチなこと書いてるんですか?」  え。いや、その。まあ……。  無言で黙り込む俺に、風馬が怪訝な顔をする。 「一太さん?」 「良いの! 気にしないで良いの! こういうのは、気にしたらダメなんだからね!」  こんな妄想、表に出せるわけないのである。勝手に脳内カップリングまで書いてあるんだから、バレたら大事なのだ。  不満そうな風馬の背を押して、誤魔化しながら部屋へと促す。 「それより、練習はどうだったの?」 「まあ――良い感じかな。……誤魔化してます?」  考えてみれば、風馬に腐男子バレしたのも、この寮内観察がきっかけだったと思い出す。当初は風馬に似合うカップリング相手を探していたというのに、まさか自分がそのポジションになるとは。まったく、人生って解らないものだ。 「良いの。これがなかったら、俺と風馬って、付き合ってないんだからね?」 「……そんな話でした?」 「そうなの!」  強引にそう言いくるめ、腕にしがみ付く。風馬は納得してない顔だったが、結局折れて俺の額にキスをした。 「まあでも、寮内観察はほどほどにね」 「まあねえ」 「そんなに妄想しなくても、やりたいことは全部、やってあげますから」 「え」  いや、やりたいわけじゃなくて、あくまで妄想、なんだけど。何でだろう。俺の推しの押しが強いんだけど? 「まあ、俺がやりたいんですけどね」  風馬はそう言うと、ヒョイと俺を抱え上げた。 「ちょっ」 「役もらえたんで、お祝いしてくださいね」  ニッコリと笑う風馬に、俺は空笑いする。  嫌じゃないけど。嫌じゃないけど! (今日は、寝せてもらえない気がする……)  うぐぐ、とぼやきたい気持ちを押さえて、俺は風馬の背中に腕を回した。 おわり

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