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第3話

車は糸島から奥の道に入ると長閑な景色が続く。 「どこに行くんですか?」 「マイナスイオンを浴びにね」 そう言って片目を閉じる。 「マイナスイオン……糸島来たことないから分かんないな」 「石原君、地元は福岡じゃないの?」 「久留米です。高校は東でしたけど」 「そっか」 「部長は?」 「私は福岡中央行って、同志社だよ」 「げ、エリート」 「だけど採用試験全滅でね。運良く受かったのが郵便外務だったんだ」 特に困ったような顔でもなく淡々と話す部長に相槌を打つ。 「でもトントン拍子に出世してるじゃないですか」 「そうだね。ちょっと怖いぐらいだ」 そう言ってクスッと鴨原部長が微笑む。 「郵便局のいいとこってなんですか?」 「福利厚生の良さかな?この車も共済でローン組んでるから安いし」 「悪いところは?」 「郵便法に縛られてるからね、処遇はみなし公務員だから災害時は駆けつけなきゃいけない」 「確かに台風でもまずは出勤ですもんね」 苦笑しながら頷くと「そうだろう」と言って笑った。 「でも、職員になる気があるなら、なった方がいい」 「でも職員になったら、部長について行けませんよね」 出来れば部長の行くとこ行くとこについて行きたい、そう思っていると「うーん」と部長が唸った。 「ついて来てもいいけど、二年おきに一から覚えるのも大変だよ。それにイザと言う時のために貯金もしなきゃ。石原君の十年後、二十年後のビジョンは何?」 「えーっと部長の彼氏になって、部長の癒やしになって……バイト代は部長との愛の巣の家賃の足しにして……」 「私が退職したら?」 「郵便局でバイトしながら部長のお世話?」 「その後は?石原君、バイトだと退職金が出ないよ」 「あ……」 ビジョンもないけど、多分こういう生き方も部長に嫌われるような気がした。 「部長、給料いくらぐらいです?」 「手取りで600万かな?」 「格差が……」 項垂れると鴨原部長がクスッと笑った。 「試験受けてもいいし、お金貯めて資格取るのもいいんじゃないかい?」 「でもバイト代は家賃と光熱費で消えるし、弟に五万、仕送りしてるし……」 家賃の安いところに住んではいるが、それでも貯金出来るほどの余裕はない。 「仕送り?」 「弟が東京の私大に行ってて、学費以上親が払えないから、生活キツイみたいで……」 美大に通う弟が絵の具や画材でお金がかかるから仕送りをしていることを告げると部長が「なるほどな」と呟いた。 「それじゃ、家に来るかい?家賃、取らないから」 「いいんですか!」 「二階が空き部屋でね。ちょっと明日掃除してみようか」 「ありがとうございます!俺、試験受けます!」 「じゃあ今日は観光したら帰りにヨドバシでルンバ買わなきゃな」 「はい!」 親身になってくれる鴨原部長の心遣いが嬉しくて、もっと好きになっていく。 「部長、優しいですね」 「石原君がいい子だからですよ」 車がバックをはじめ、着いたのだと分かった  車を降りると鴨原部長が先に歩き出す。 「ここは?」 「白糸の滝だ。来月は紫陽花が咲いて人だらけになるからな」 滝が見えてきて滝の前の石畳に降りた。 「うわーマイナスイオンだー」 滝の飛沫が時折かかって気持ちいい。両手を広げ全身にマイナスイオンを浴びていると部長も隣にきて両手を広げた。 「音も空気も気持ちいいな」 「隣に俺がいるからマイナスイオン増し増しですよ」 ちらりと部長の方を見てそう言うと、部長がぷっと吹き出した。 「ああ、確かに最高の癒やしだ」 笑顔でこちらを見てくれた部長に心が踊る。 「それじゃ行くか」 「もうパワー貯まりました?」 「ああ」 歩き出した鴨原部長の後をついていき車に乗り込むと、「さて」と部長が呟いた。 「まだ公にはしてないんですが、重森さん、退職するそうなんです」 「げ……」 「退職は一か月前に言っていただかないと、って伝えたんですがもう行けませんって」 「そうなんだ」 「石原君の負担が多分増えると思うんですよね。同じアイランドシティ担当してるから」 「まあ、百パーじゃなかったら、増えても大丈夫ですし」 ここが部長への頑張りを見せるところだと思うとやる気が湧いてきた。 「部長が応援してくれるなら、俺めちゃくちゃ頑張ります」 「それはすごく心強いな」 「頑張った日にご褒美くださいね」 「分かりました。それじゃ、お昼食べに行きましょうか。急いで食べて、石原君の部屋専用のルンバ買わなくちゃいけませんから」 車が走り出し、オープンカーだからか心地よい風に髪が揺れる。 「えへへ、部長と同棲嬉しいな」 「喜ぶほどじゃないですよ。料理が出来るわけでもないですから」 「でもいつもワイシャツはパリッとしてるし、ネクタイもくたびれてないし、部長すごく身だしなみに気をつけてますよね」 「まあ、少し若いから、苦情処理で謝りに行っても見向きもされないことがありますから。だから身だしなみには気をつけているんです」 「アイロンかけてるの?」 「まさか。クリーニングですよ。ズボンはプレス機買って置いてますし」 「あ、そういえば風呂場の。ディオールとか、ロクシタンだった!あれは?」 「ああ、風呂は一日をリセットする時間ですからね。ちょっと贅沢にしているんです」 「じゃあ、いつか一緒に入る時はバラの花を浮かべてもいい?」 鴨原部長とバラなんて似合うだろうな、そう思いうかべていると、部長がクスクスと笑い始めた。 「おかしいですか?」 「いえ、石原君はロマンチストだな、と」 「ロマンティストですよ。俺、部長とラブラブするのすごく夢に見てるから」 胸を反らしてそう言うと、ぷっと声を出して鴨原部長が笑った。 「本気ですよ」 「じゃあ今度石原君とデートする時は思い切りロマンチックな一日にしてくれるのかな?」 「それは夜限定です。俺が部長を溺愛しちゃいますから」 「ふふっ、分かりました」 返事をしてくれるのは気があるのか受け流されているのか分からないなと思いながら部長の横顔を見つめる。 「二階で生活するなら、引っ越し業者の都合つけなきゃですよね。ベッド運び込まなきゃだから」 「そうですね。後で住所教えてください。見積り取りますから」 「いいんですか!」 「共済で提携している業者があるのでそこを使いましょう」 片目を閉じてそう言うと車がゆっくりと古民家風のおしゃれな家に停まった。 「おしゃれなお店ですね」 「来てみたかったんです」 そう言ってドアを開けた部長に慌ててドアを支えてエスコートするとふっと笑ってくれた。 間近で笑顔が見れて幸せです。 拝みたくなるのを我慢して雑貨のならんだエリアを通り過ぎ、案内された席に腰を下ろす。 「博多雑煮なんだ」 「自分では作れないからですね、いいかと思って」 「部長は何にします?」 「ひとくち欲しいから、石原君と違うのにするよ」 「じゃあ俺、餅グラタン」 注文をして改めて周りを見回すと女性ばかりで男の俺たちは浮いているなと気づいた。 だけど鴨原部長は気にしていないみたいでさっきの滝は良かったねなどと話しかけてきてくれる。 「部長、結構リサーチするんですか?」 「まあね。でもなかなか一人では来れないだろ?」 「だから俺を……嬉しいです!」 そんなことを話していると料理がやってきた。 「ふふ、美味しそう」 「いただきます」 手を合わせてひとくち食べてこれならシェアして大丈夫だなと思っていると口元に餅を差し出された。 「いただきます」 本当にお付き合いしているみたいで嬉しい。 「部長もどうぞ」 こちらのグラタンもひとくち差し出すと顔を寄せ食べてニッコリと微笑んだ。 「洋風もいいですね」 「ですよね」 ああ、鴨原部長の笑顔でご飯十杯は食べれます。そんな気持ちになりながら食事を終えた。 「それじゃ、博多まで戻ってヨドバシですね」 「はい!」 再び車に乗り込み走り出すと再び心地の良いロックがかかりだす。 「二階は二部屋あるのですがふたつとも使います?」 「一部屋で十分です!」 「じゃあどっちがいいか帰ったら決めましょうね」 車が街なかに入り電気屋につくと家電売り場に立ち寄った。 「一階のルンバの弟だからね」 「ルンバに名前つけてるんですか?」 「日曜とかに見かけるとね、つい後追いしたくなるんだよ」 ああ可愛いところも知れて尊みが増していく。ニコニコとルンバの箱を手にした鴨原部長を拝みたくなった。 部長の家に戻り二階を見せてもらい右側の部屋を使わせてもらうことになった。 「この子の名前は石原君が決めていいよ」 「うーんどうしようかな……タマかな?」 「可愛い名前だね」 ドアを閉じ階段を降りると鴨原部長がコーヒーを入れ始めた。 「飲んだら局まで送るね」 「はい」 部長が入れてくれるコーヒーは美味しくて、なんだか居心地が良くて早く一緒に住みたいとそう思っていた

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