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第2話
目が覚めると知らない天井の知らないベッドの中だった。
「頭、痛い……」
そう言えば昨日は鴨原部長と飲みに行って、飲み放題だし、金曜だしと調子に乗って飲んで……
「まさか……」
店を出た後の記憶がなくて、明らかにホテルでもない部屋の雰囲気に鴨原部長の部屋に来てしまったのではと背中から冷や汗が流れた。
そろそろとベッドから降りるとドアを開けた。
大きな窓の前にあるソファーに腰を下ろして新聞を読んでる部長がいる。
「お、おはようございます」
「ああ、起きたんだ。おはよう。よく眠れたかい?」
「あの、部長はどこで寝たんですか?」
恐る恐る問いかけると、新聞をローデスクに置いた部長が人差し指を唇に当てた。
「さて、それじゃ朝ごはんにしようか。その前に……」
立ち上がった部長がシャツとジャージ、そしてパンツとタオルを差し出した。
「そこが風呂場だ。シャワーを浴びておいで」
「は、はい……もしかしてこれ、部長のパンツですか?」
「新品だから安心してくれていいよ」
俺は部長のパンツが履きたかったですとは言えず、リビングから続く廊下のドアを開けた。
「うわ、豪華な風呂」
多分ジャグジーだと思う。丸い形の風呂にワクワクしながらシャワーを捻ると細かい水滴が落ちてきた。
「これ、シャワーも特別製じゃん」
自分の部屋のシャワーとは比べ物にならない心地よさに感動しながらシャンプーに手を伸ばそうとしてハッとなった。
「これ、もしかして部長の香りに包まれる俺になるわけ?」
そうだとしたらかなりヤバイ。俺、天国にいけるかもしれない。
ドキドキしながらシャンプーボトルに手を伸ばす。
「ロクシタン……部長、ロクシタン行くんだ……」
高級シャンプーであることに戸惑いながら髪を洗ってボディソープに手を伸ばしてさらに驚愕した。
「ディオールのボディソープって……部長、風呂にこだわりがあるんだ……」
体を洗うといい匂いがする。
毎日こんな香りをさせながら寝てるのかと想像してうっとりした。
泡を流し脱衣所に戻ると俺の服がなくて渡された着替えだけになっていた。
「えへへ……」
ジャージも黒のNikeでカッコよく、センスのいい部長のものを着ていると思うと気分がいい。
「ありがとうございました。さっぱりしました」
「服は今洗濯してるので少し待っててくださいね」
「えっ!ありがとうございます」
至れり尽くせりで感動していると、テーブルにはハムエッグとミネストローネ、そしてバターの塗ったパンが置かれていた。
「これ、スープ作ったんですか?」
「まさか、レンジで温めるやつだよ」
「それでも嬉しいです。いただきます」
手を合わせてパンを齧ってミネストローネを食べて絶妙な加減のハムエッグを頬張る。
「部長の手料理美味しい……」
「目玉焼きぐらいで喜ばれても」
「大好きな人に作ってもらえるなんて、めちゃんこ幸せじゃないですか」
「石原君といると、こっちまで幸せになれるな」
「あ、どうです?部長の家に一台俺いかがですか?」
調子に乗って俺を売り込むと、鴨原部長がふっと笑った。
「おいくらかな?」
「なんと、鴨原部長には特別料金ゼロ円です!」
腰に手を当て言うとクスクスと鴨原部長が笑った。
「随分安いな」
「部長にだけです」
Vサインをしてみせると、ぷっと鴨原部長が笑いだした。
「あはは、本当に君って人は」
「えへへ」
「石原君といると楽しいよ」
「俺、部長に俺のこと好きになってもらいたいです」
「もちろん好きだよ」
にこにことしながら食器を食洗器に並べた部長がコーヒーメーカーからコーヒーを注ぐ。
「部長の私服姿もカッコいいですね。俺ますます惚れそう」
「そうか?センスはない方なんだがな」
カップが置かれ、部長が俺の横で立って飲み始めた。
「コーヒーが飲み終わる頃には洗濯機が止まるだろ、それから乾燥機に入れて……一時間ぐらい時間があるけど、どこかドライブでも行くか?」
「いいんですか?デートだ!」
「まあ、誰かがやらかして呼び戻される可能性もあるがな」
「全然構いません。その時はついて行きますから」
グッと拳を握ると鴨原部長が目を細めて笑った。
「部長、車もカッコいいんですね660Zじゃないですか!」
ホンダのS660なんて今時乗っている人いないのに、そう思うと部長のセンスの良さに感動してしまう。
「地方になると車がいるからな。それなら乗り心地のいい車にしようと思って」
「うわーうわーお邪魔します」
助手席に腰を下ろすと部長が運転席に腰を下ろしフロントにスマートフォンを立てかけると操作をすると音楽が流れだした。
「行きたいところはある?」
「部長と行けるならどこでもいいです」
「じゃあ、ベタだけど糸島だな」
そう言って笑うと車が走りだす。
「部長、この曲、もしかしてロイスキャ?」
「石原君、ロイヤルスキャンダル知ってるんだ」
「そりゃユーチューブ見ますから」
「このアーティストの世界観が好きでね」
機嫌良さそうに車を運転する鴨原部長はたまらないほどカッコいい。
「部長ってセンスいいから、惚れちゃう」
「はは、もっと惚れていいぞ」
「マジで好きになりますよ」
もう十分惚れてるんだけど、茶化すようにしか言えなくて自分の口調の軽さを呪ってしまう。
「石原君は彼女いないの?」
「部長口説こうとしている俺に彼女がいると思います?」
「なるほど。じゃあ私は石原君の好みなんだ」
「はい、もうドンピシャです。赴任されてきた時にカッコいいって思ったし、その後の立哨の時に声かけられて、いい匂いがしてすごくいい声で耳元で喋られて、よくあの日事故らずに帰ってこれたなぁって思いましたよ」
「本当に君は私を褒めるね」
感心したような口ぶりに胸を反らす。
「そりゃあ、大好きですから」
「石原君は仕事も出来るし、明るいし、とても優秀だと思うよ。今度の試験受けてみたらどうかな?作文とか見てあげるし、面接の練習もしてあげるよ」
「ほんとですか!前の部長そんなこと一言も言ってくれなかったですよ」
「それは困った部長だね」
「二集は三人受けて一人受かったし、ひとり課長になった人もいたのに、前の部長の時は誰も試験受けてないんですよ」
もう顔も思い出せない前の部長の悪口を言ってハッとなった。
「俺、誰でも悪口は言いませんからね」
「分かってるよ」
片手が伸びてきてポンと叩かれる。
「さて、どう行こうかな?」
そう言いながら上の道を通るルートを選択した部長が楽しそうに車を走らせる。
「前はどこにいたんですか?」
「前は長崎北。その前は南で、その前が粕屋南、でその前が佐伯」
「結構福岡にもいたんですね」
「その時はここから通えたからね」
「長崎とか佐伯とかは?」
「官舎にいたよ」
「そっかー、部長、二年しかいないですよね」
「南の時は一年だったよ」
「え?」
管理職は二年で交代と聞いていた俺は部長の言葉に目を瞠った。
「もしかして一年しかいないかもしれないの?」
「可能性はあるよ。南から長崎に移動になったのは、長崎の部長が急死されて、その後に入ったんだ」
「俺、この一年で部長を口説いていいですか!」
グッと両手に力をこめて鴨原部長の方を見ると、部長が驚いた顔をして、ぷっと笑い出した。
「口説くって」
「俺、マジで部長のこと好きなんです!声をかけられたらドキドキするし、部長の匂いでときめくし、本気で好きなんです!」
ほんの少し無言の時間があって、部長が片手で頬を掻いた。
「本気なんだ」
「もちろんです!」
肯定のために首を縦に振ると、部長の目元がふっと緩んだ。
「それじゃ、心してかからないとな」
「今日は部長のエスコートで出かけますけど、来週は俺がエスコートします」
「楽しみにしておくよ」
ちらりとこちらを見てまた直ぐに向く。
「ところで部長の趣味ってなんですか?」
「趣味……、ないな」
「映画とかそう言うのは?」
「ひとりだから、見に行かないな」
「だったら俺と見に行きましょ。後、大名とかに食べ歩きとかも行きましょうよ」
鴨原部長とのデートをあれこれ想像して指を折って考えていると、部長がぷっと噴き出した。
「本当に石原君は私が好きなんですね。こんなおじさんなのに」
「年齢なんて関係ないですよ!それより俺みたいなガキは嫌ですか?」
うるうるとしながら部長の方を見ると、クスクスと笑いながら伸びてきた手が頭を撫でた。
「じゃあ、来週は石原君プロデュースでデートですね」
「はい!」
どこに行って何をしよう。そう思いながら、ワクワクとしながら部長の横顔を見つめる。
「なんかドライブっていいですね」
「そうですか?」
「はい、部長の顔をずっと見てられますし」
そう言うと、部長の頬が赤くなっていく。
「もしかして俺のこと意識してます」
「意識、と言うか……石原君に口説かれているような気がしてしまいますね」
「えへへ、それは嬉しいです。今日からいっぱい口説きますからね」
S600の乗り心地は最高で、シートに身を沈めながら思う存分鴨原部長の横顔を見続けた。
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