1 / 24
1:鉄の凡人
【認められ、求められる喜びへ!「副業」で誰かに必要とされる存在であることを感じてみませんか?】
昨日、仕事帰りに本屋で思わず手に取ってしまった。
時は大副業時代。
俺の会社も、とうとう副業が解禁された。
企業側が「終身雇用」「年功序列」を維持できなくなった現代。会社に依存しない「収入源」と「自己のキャリア形成」を得るのに、副業は最早必須と言えよう。
と、その自己啓発本には書いてあった。大事だと思ったのでマーカーまで引いた。
「ん?」
少し、文字がぼやけて見える。
俺は前のめり過ぎて落ちてくるメガネを上げながら、再びマーカーを引いた箇所に目をやった。ただ読んで納得して、マーカーを引くだけでは意味がない。
そう、実際に俺も「何か」しないといけないんだろうけど……。
「でも、俺に何が出来るんだろう」
本によると「好き」や「得意」を生かせば、どんなに些細な自分のスキルでも「誰か」は求めてくれる、と書いてあった。
そうかそうか。そう言うものか。
そんなワケで、会社の同僚達に尋ねてみた。
「あぁ、私はダイエットブログとSNSで収益化してるよ?」
「俺はブランドせどりやってる。いや、勘違いすんなよ。せどりと転売ヤーは違うからな。せどりはれっきとした卸売業だ」
「え、私?イラストの有償依頼を受けてるよ。今はデジタルで、ある程度は簡単に描けるからね」
そして、皆、最後には口を揃えて言う。
「意外と簡単だから、やってみたら?」って。そんなワケで、全部やってみた。
ブログ&SNS。書く事が無さ過ぎて三日で挫折!
せどり。店舗を回って色々な商品を買い漁ったけど、在庫がはけず部屋が物置になって挫折!
イラスト。……は、もう何も思い出したくない!
「俺、全然何も出来ないなぁ」
皆は楽しそうに自分に合った副業をしている。収入も増えて、目標も出来て。皆、忙しそうだけど、どこか楽しそうだ。
俺から見ると皆凄くキラキラして見える。正直、凄く羨ましい。
「でも、俺って、本当に何やっても“普通”なんだよなぁ」
言わば、鉄の凡人だ。
入社して五年。本業である「サラリーマン」で何か特別な結果を残せているワケでもない。
会議で積極的に意見を言ったり、業務の効率化を提案したりも出来ない。仕事のスピードも普通。ミスの無い完璧な仕事が出来るワケでもない。
決して、出来損ないでは無いと思う。でも、どこまで行っても俺は「普通」なのだ。
「ジョー君、今月も凄いねぇ。営業成績は、いつもトップだし。っていうか、自分で自分の記録を更新し続けてるし」
「さすがだよねぇ。アルファで、帰国子女。おまけに、運命の番との結婚も目前だし、気合入ってるのかも」
「いいなぁ、私もあぁいう人と結婚したかったぁ」
「無理無理、アルファには絶対に“運命の番”が居るんだから。私達みたいなベータはお呼びじゃないよ。それに、ジョー君……結構性格はアレじゃん?」
「あの、ちょい俺様で熱血漢な所が良いんじゃん!」
「遠くから見てる分にはね……」
ふと、俺の傍を通り過ぎて行った女の子達の会話が耳に入る。
きっと営業成績でトップを叩き出すアルファなら、副業なんかしなくても、どこへ行っても仕事は引く手数多なのだろう。むしろ、いくつもヘッドハンティングが来ていそうだ。
アルファはいいなぁ。そんなアルファの運命に選ばれたオメガはいいなぁ。
「世界に運命」を決められてるって、自分で考えなくて良いから楽で良さそう。
「……って。いやいや、違う違う」
俺は過ったネガティブな思考を振り払うように、頭を横に振ると、持っていたビジネス書に付箋を貼った。
「む」
首を振ったせいで、またもや文字が見えにくくなった。俺は、再びメガネを正位置に戻すと、「出来ない事に拘らず、自分の「好き」と「得意」を生かすべし」という文字が並んでいる一文を舐めるように見た。
うんうん、その通りだ。
出来ない事について、クヨクヨ考えても仕方ない。きっと俺にも“何か”ある筈だ。人より少しだけでも得意な事が。
絶対ある!……多分。
だって、この本にもそう書いてあるのだから!
「おいー、三久地。今日、十時から新商品の企画会議って言ってなかったか?」
「っへ?」
同僚から掛けられた声に、俺は思わずハッとする。時計を見れば、予定されていた会議の時間を目前に控えていた。
「そうだった!」
「お前も大変だなぁ。出席しないといけない会議が多くて」
「あはは。俺なんて、数合わせみたいなモンだけどね」
「……数合わせねぇ」
何か言いたげな同僚を横目に、俺は急いで資料を持つと、三階の会議室まで駆け出した。
「ヤバイ、ヤバイ。ボーっとし過ぎた」
「副業」について考えて「本業」が疎かになるなんて、きっと就業規則違反だ。
それでも、俺は考えてしまう。こんな俺でも「誰か」が求めてくれるような、ちょっとだけ他の人より秀でたスキルが無いか。
そう。この俺、三久地 吉(みくじ きち)は、副業がしたいんじゃない。
俺は“誰か”に必要とされたかったのだ。
そんなある日の事だった。
「星は貴方の行動を制限しない。貴方が星を利用してください」
「っ!」
こんな俺にも、出来そうな。とっておきの「副業」を見つけたのは。
ともだちにシェアしよう!