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2:三十分、千円~
◇◆◇
その日は、久しぶりの飲み会だった。
「じゃあ、ここからは自由参加でーす。二次会に行く人はコッチに来てくださーい!」
去年からずっと関わっていた新商品の開発のプロジェクトが、先日、無事に形になった。今日は、その打ち上げの日である。
「おーい、三久地!お前も二次会来るだろ?」
「あ、いや……俺は、もうここで」
「え!?」
とは言っても、俺自体は特に、胸を張って「コレをした!」と主張できるような事は何もしていない。各課から集められた優秀なメンバーの中で、俺は場違いな程に“普通”だったのだ。
俺は何でここに居るのか、会議では毎度不思議な気分だった。
「いや、来いよ!皆、お前を待ってるって!」
二次会に誘ってくれる技術部の先輩に、俺はアルコールでぼんやりした思考がクラリと揺れるのを感じた。繁華街のネオンのせいか、先輩の顔がぼやけて見える。
「いや。ちょっと、飲み過ぎたみたいで」
「……三久地、頼むよ。今日が最後だろ?」
「いやぁ、でも」
先輩が、まるで捨てられた子犬のような声を上げてくる。なんて良い人なんだ。こんな俺を二次会にまで熱心に誘ってくれるなんて。
そんな先輩の姿に、俺が「やっぱり、もう一軒くらい付き合うべきだろうか」と内心思案し始めた時だった。
「おい、もう止めとけって。三久地も疲れてんだよ」
「…いや、でも」
俺が二次会に行くかどうか悩んでいるうちに、別の先輩が、スルリと止めに入ってくれた。こっちは、確か営業部の先輩だったと思う。
この先輩にも、とてもお世話になった。優しくて大らかで、とても良い人だった。それに、もちろん仕事の腕もピカイチ……あれ?この人は営業部じゃなくて管理部の先輩だったっけ。どっちだっただろう。
「……そしたら、アイツはどうするんだよ」
「いや、アイツも帰るみたいだぜ」
「本当か?」
「あぁ、アイツは番持ちだからな。いつも、二次会は来ないらしい」
「そうか、それなら」
「ああ、大丈夫だ」
俺が先輩達を前に「どっちが何の先輩だったっけ?」と首を傾げていると、二人がコソコソと顔を見合わせながら頷き合っている。あぁ、やっぱり出来る人達は、このプロジェクトでここまで距離が縮まるのだな。
なんとなく、数合わせでメンバーに入れられた俺とは大違いだ。
「悪いな、三久地。一緒にプロジェクトがやれてよかったよ」
「あ、いえ。そんな」
気付けば、先程まで俺を飲みに誘ってくれていた先輩から、アッサリと形ばかりの社交辞令が述べられた。
あぁ、社交辞令で一回誘ったし、もう大丈夫だろうという事だろう。自分から断っておいて何だが、少し寂しい。あと一回くらい、引き留めて欲しかった。
「……こちらこそ。一緒に仕事が出来て良かったです」
「お前が居て、本当に助かった。一年間、ありがとな」
「……そんな、俺はなにも」
「またプロジェクトが被った時は、頼りにしてるからな」
「は、はい」
先輩の大きな手で肩を叩かれる。なんだか、逆に気を遣わせてしまったようで申し訳ない。
繁華街の光にぼやける皆の背中を見送りながら、俺は小さく溜息を吐いた。
「……二次会かぁ」
二次会に参加できる程、あのプロジェクトに何も貢献出来ていない。でも、あと一回誘われたら、きっと俺もあの輪の中に居ただろう。
「……皆、凄かったもんなぁ」
まさに、プロフェッショナルの集団、という感じだった。今回完成した商品は、営業部の手を通じて、広く世の中に売り出される事になるのだろう。しかし、あの商品が日の目を見た時、俺はあの商品を作った一員だ、と胸を張って言えるだろうか。
多分、言えない。
「……なんか。俺にも出来る副業って、ないかなぁ」
本業での自信の無さが、副業への想いをさらに強くする。
そう、俺が駅に向かって一人フラフラと歩いている時だった。視界の脇に「占の館」と書かれた大きな看板を見つけた。その看板の下にはデカデカと書かれた「千円~/三十分」の文字。
「……時給二千円以上かぁ」
悪くない商売だ。
なんて、占いに対して思うべきではない感想が過る。しかし、「千円~」という事は、それ以上もあり得ると言う事だ。
「うん、やっぱり悪くない」
最近、ずっと副業の本を見ているせいで、思考が完全に其方へと寄ってしまっている。
アルコールでフワフワした思考を抱えていた俺は、ソロリと時間を確認してみた。八時五十分。まだまだ電車の時間には余裕がある。
「……ちょっと、やってみようかな」
俺は浮足立つ足に連れられ、少し古いその建物へと入った。
占いなんて、一度もやってみた事はないが、少しは興味がある。今後の仕事の事とか、それに副業の事だって聞きたいし。あぁ、なんか俺、仕事の事ばっかりだ。
まぁ、仕方が無い。
だって、俺には趣味も無ければ、恋人も、家族も居ない。これまで二十七年間も生きてきて、今俺の手元に残っているのは「仕事」だけ。
それは余りにも寂し過ぎる。
「こ、こんばんはー」
「はい、いらっしゃいませ」
三久地 吉。(みくじ きち)
小学生の頃のあだ名は「おみくじ君」。当たるも八卦当たらぬも八卦。人生初の占いや、いかに。
「どうぞ、どちらの占いがご希望ですか?」
「えっとー……よく当たる人でお願いしまーす」
なんて、その時の俺は完全に酔っぱらってしまっていた。
◇◆◇
「っ!」
目が覚めた。
ソロソロとベッドから起き上がり、周囲を見渡す。ぼやけた視界の中、俺は慣れた手つきで枕の脇に置いてあるメガネを手に取った。
「……はぁ」
視界がクリアになる。うん、いつもの自分の見慣れた部屋だ。カーテンの隙間から漏れ出る光に、思わず目がくらむ。時計に目をやったが、光の加減のせいかよく見えない。俺は、すぐ脇にあるスマホを手に取ると、時間を確認した。
時間は既に十時過ぎだ。
「……よく寝た」
頭も痛くない。気分も悪くない。そして、今日は土曜日。仕事は休み。そして――。
「占いに、行ったんだ」
記憶もある。
俺はベッドの脇に落っこちている名刺に手を伸ばすと、「占いの館」と書かれたその紙を前に、静かに口を開いた。
「……占い師。やってみるか」
なんでもない土曜日の朝。
俺は突如として「占い師」になる事を決意したのであった。
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