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5:手を繋がない客
俺が「占い師」の副業を初めて、半年が経った。
「おぉ、明日は十二人も予約が入ってる。凄いなぁ」
そのうち、予約の枠もすぐに埋まるようになり、料金を少しずつ上げていっても、お客さんが途切れる事は無くなった。
「ねぇ、手つなぎさんって知ってる?」
「知ってるよー。あの、当たるって有名な占い師でしょ?」
「そう!実は、昨日行ってきましたー!」
「うっそ!全然予約取れないって有名なのに!どうだったの!?」
「めっちゃ良かった!あのね……」
ふと、俺の傍を通り過ぎて行った女の子達の会話が耳に入る。そして、軽く背筋が震えた
“手つなぎさん”
それは、俺の巷での「通り名」だ。
手を繋いで占いをするから「手つなぎさん」と。そのまんまだ。
「き、昨日……?」
どの人だろう。目隠しをしてるせいで気付かなかった。
しかし、続く会話を耳にしていても、どうやら「手つなぎさん」が「俺」である事はバレていないらしい。
「よ、良かった。目隠ししてて……」
副業が軌道に乗り、有名になってきたのは良いが、そのせいでこういう事がたびたび増えてきた。しかも、一度や二度の話ではない。
こないだなんかは、営業部の同僚と似た声の人物が来て、占い中、ずっと心臓がバクバクしていた。ただ、それとなーく、占い中に仕事の事について探りを入れてみたところ、どうやら別人である事が判明した。
「声だけだと……意外に分かんないモンなんだなぁ」
確かに、皆似たり寄ったりな声をしているし。
それに、俺の場合もそうだ。なにせ、「声」よりも、「目隠し」や「手繋ぎ」の方がインパクトがあるせいで、声の印象がほぼ残らないのだろう。
「おーい、三久地。今日、十五時から新商品の企画会議って言ってなかったかー?」
「っは!」
同僚から掛けられた声に、俺は思わずハッとする。スマホの時計を見れば、予定されていた会議の時間を目前に控えていた。
「あっ、そうだった!」
「お前も大変だなぁ。色んな企画に引っ張りだこで」
「いや、俺なんてただの数合わせだよ」
「……おいおい、まだ言うか」
何か言いたげな同僚を横目に、俺は急いで資料を持つと、三階の会議室まで駆け出した。階段を駆け上がりながら、一瞬段を踏み誤って転びそうになる。
「うわっ」
体がよろけたせいで、メガネが階段に落ちる。最近、メガネのネジが緩い。何度締めても、すぐに緩んでしまう。学生の頃からかけているメガネだ。そろそろ買い直した方が良いのかもしれない。
そう、俺が落ちたメガネに手を伸ばそうとした時だった。
「三久地先輩、大丈夫ですか?」
「は?」
誰かが俺の名前を呼んだ。
とっさに顔を上げるが、メガネが無い状態の俺では一切顔の造形は見えない。
ただ、窓から入り込んでくる光で、相手の髪色がキラキラと光って見える。なんだか、とても綺麗だ。
「また、プロジェクトですか?」
「あ、はい」
「なら急いだ方が良い。もうすぐ始まる」
「あ、ありがとう……」
そう言って、落ちていた俺の眼鏡を拾ったその人は、俺にメガネを手渡すとそのままスルリと去って行った。「三久地先輩」という位だから、後輩なのだろう。全然分からない。
眼鏡をかけてその後ろ姿を振り返ると、そこには金髪のすらりと背の高い人物が見えた。
「……どこかで、見たような?」
思い出そうとするが、出てこない。この会社、海外事業部もあるから、外国人の社員も多い。もしかすると、何かのプロジェクトで被っていたのかもしれない。
「っは、会議!」
俺はユルユルの眼鏡を指で抑えながら、再び階段を駆けあがった。
「メガネ、買いに行かないと……でも」
いつ買いに行く?
週末になったら、俺は「手つなぎさん」だというのに。
「まぁ、いっか。どうせ、週末はメガネもかけないし」
未来も前も、見えなくてもどうにでもなるのだから。
◇◆◇
「手つなぎさん、ありがとうございました」
「いいえ。では、お幸せに」
土曜日の夜。
時刻は十九時二十分。
「っふぅ、次で最後かぁっ」
今日も一日、様々な人の悩みを聞いた。
人は、物事の最初と最後しか印象に残らない。そんなワケで、今日受けたお客さんの事は、殆ど忘れてしまったが、まぁ、声から察するに、皆、満足そうだったから特に問題ないだろう。
一度、グッと背伸びをしたところで、入口から人の気配を感じた。
「あの、いいですか?」
「あ、はい。どうぞ。お待たせしました」
聞こえてきたのは少し高めの、穏やかそうな男性の声だった。占いに男性が来るなんて珍しい。そう思った所で、入口からもう一人、別の人間の気配を感じた。
「やっぱり、俺は外で待っててもいいんじゃないか」
「ダメだよ、ジル。相性占いなんだから、二人一緒に見て貰わないと」
「そうは言うが……」
「そう言わないで。ね、ジル?」
ジル。
そう呼ばれた相手の声は、よく言えば低く落ち着いた、悪く言えば冷めた声をしていた。あぁ、そういえば最後のお客さんは「相性占い」だった。だとすれば、ジルという彼はパートナーに無理やり連れて来られたのだろう。ご愁傷様。
「手つなぎさん、今日はよろしくお願いします」
「……手つなぎさん?目隠しさんの間違いだろ」
「ジル!失礼だって!」
席に着いた途端、ジルと呼ばれた男の方が俺に向かって吐き捨てるように言った。たまに、居る。こういうタイプ。占いとか信じてないのに、パートナーに無理やり連れて来られたタイプには、こういう人も多い。
「すみません。彼……あの、アルファで。だから……その、ちょっと」
「ふふ、いいですよ。俺が“目隠しさん”なのは、その通りなので」
うん、本当に冗談抜きでその通りだ。多分、俺が逆の立場でも、同じ事を思っていそうだ。「何だ、この目隠し野郎」って。
「だいたい、式場も決めたのに、今更相性占いなんて必要ないだろう?俺達は運命の番なんだ。相性なんて、こんな奴に聞くまでもない」
「でも、人気だって聞いたからやってみたくて。ね?ジル、お願い」
「……っはぁ。仕方ないな」
ほう、どうやらこの二人はアルファとオメガの「運命の番」のカップルらしい。しかも、結婚間近。確かに、その状況なら、別に相性を占う必要はない気もする。
ふむ。
俺は、スマホのタイマーに親指をかけて考える。
しかし、このタイミングでわざわざ運命の番が相性占いをしに来るという事は……【運命】だけではお墨付きが足りないと感じているか。もしくは――。
「……よし」
これは話を聞きながら、いつものように最後に伝えよう。
そう、結論付けた瞬間。俺は親指をタイマーのスタートボタンにかけた。
「さぁ、お二人共。俺と手を繋いでもらっていいですか?三十分間、どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「……はぁ」
俺の言葉にジルは溜息で答えると、差し出した俺の左手に、ちょんと人差指だけで触れてきた。面白い。まるで小さな子供みたいだ。
きっと、目隠しなんかしてる変な占い師の手など、触れたくないという事だろう。まぁ、分からなくもない。
次いでパートナーからの「ちょっと、ジル!」という叱責の声。
「大丈夫ですよ。コレでもちゃんと、俺には分かりますから」
というか、むしろ繋がなくとも何も問題ないのだから。
俺は左手に微かに触れるヒンヤリとした指先の感覚に苦笑しつつ、静かに深呼吸をした。さて、これで今日のお客さんは最後だ。
「それでは、始めさせて頂きます」
今日も一日、頑張ったなぁ。
……まだ、終わってないけど。
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