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14:運命じゃないから②

「まぁ、今は波風立てた分は三久地先輩がどうにかフォローしてくれますからね。安心して波風を立てられる」 「俺は、フォローなんて何も……んっ」  触れた掌同士が、ゆっくりと絡み合う。指を絡ませ、俺の手の甲を撫でる。そう、この手だ。俺はこの手で、この人を思い出した。 「してる。貴方は誰に対しても、どんな場にあっても……その場の不協和音を取り除く。目立たないが、素晴らしい才能だ」 「……あ、の。俺、そんな大層な事は」 「している。俺が、そう感じている。俺には、貴方が必要だ」 「はぁ、ぁ……ッひ」 「それと、先程の俺が三久地先輩を意識しているのか、という質問ですが――」  息が、上がる。なんで、アルファの彼に、俺はこんな事を言って貰えているのだろう。俺を褒めても、何も無いのに。  指が絡み合う。冷たかった筈の彼の掌は、もう焼けるように熱かった。 「とても、意識している」 「っ!」 「俺は、貴方との時間には金に糸目を付けない。“運命”を作るのに、金でどうにかなるなど容易いものだ」  それまで手の甲を撫でていた彼の親指が、掌に入り込んで来た。ジョーさんの綺麗に切りそろえられた爪が、優しく俺の掌を這いまわる。もう、ダメだ。ゾクゾクする。 「~~ッんぅ」 「どうしました?三久地先輩」  楽しそうな声が鼓膜を揺らす。城さんの熱い吐息と共に、耳たぶに息がかかる。耳が熱い。手も、そして体も、全部熱い。 「あの、ジョーさ……」 「ジルでいい。家族や親しい者は、俺をそう呼ぶ。俺も貴方の事はいつも通り呼ばせて貰う」  手つなぎさん。  そう甘い声で、名前でも何でもないその呼び名に、俺は頭の中がぼんやりするのを感じた。 「今日の分の金は、そこに置いてある」 「っは、っぁ。いや、二万円は……冗談で」 「なぁ、手つなぎさん。俺に冗談は通じない。分かっているだろう。」  あぁ、こうなる事は、分かっていた。だって、たった三カ月で、俺はこの人から二百万円近くの金を貰ってしまった。  その金を、俺は使う事なく別の口座で管理していく。そして、増えていく数字に……俺は悦を覚えた。 「三十分、二万円。俺にとっては、安い」 「……やすい?」 「ええ、安いです」  数字の数だけ、俺は「この人」に求められているのだ、と。  数字は、嘘を吐かないと本に書いてあったが、まさにその通りだ。「愛してるよ」というより、よっぽど伝わる。  理由は分からないが、ジルさんは俺に心底惚れているらしい。 「もっと、値段を上げても構わない。他に予約が入らないように」 「も、誰も。予約なんか、とりません、よ……」  ずっと、手を握っていたせいだろうか。昔、何かの本で読んだ。接触が多いと、それだけで「好き」になってしまう確率が高くなる、と。確かに、そうかもしれない。 「今は……ジルさんだけ」 「……どうだかな。貴方は、俺の事なんてどうでも良いんだ。分かってる」  どこか拗ねたような声が耳元で響く。もうジルさんの唇は、ずっと前から俺の耳たぶに触れていた。時折、湿った舌が俺の耳に触れる。  分かる。ジルさんも、俺も。もう限界だ。 「っくそ、運命を、自分で作るというのは。こんなに……難しいモノなのか」 「っはぁ、は。う……あ、のジルさん」 「……なんだ」  俺は、この人が好きだ。  お菓子とか、お喋りの時間とか。手を繋いで眠ったりとか。そういうの、全部楽しかった。コレがずっと続けばいいなぁって。だからこそ、仕事が忙しくなっても、ジルさんからの予約は受け続けた。 「俺、す……好きです」 「っ!」 「俺の事が、好きだと……必要だと、言ってくれる貴方の事が」  好きです。  続けざまに放たれる俺の言葉に、ジルさんの息を呑む声が聞こえる。心なしか、呼吸が早くなった気がする。はぁはぁと、興奮を孕んだ吐息が俺にも伝播する。ただ、頭の中がジンと痺れるような感覚の端で、俺は冷静に思う。  きっと、俺は、これから凄く最悪な事を言うのだろうな、と。 ------それじゃあ、幸せにもなれないだろうが。 ------運命を、自分で作るというのは。こんなに……難しいモノなのか。  “運命”を幸せの定義にしていた、夢見る坊やの彼に。“運命”なんか存在しない、凡人たちの恋愛を。  俺は、ハッキリと伝えていいのだろうか。いや、伝えておかなければならない。 「あぁっ、手つなぎさん……!俺は、貴方を……絶対に幸せに、」  俺と手を繋いでいない、もう片方の手が俺の頬に触れる。そして、肌を滑るように俺の目隠しに触れようとした時だった。 「でも、それは決して“貴方”だからではない」 「っな、に?」  自分の口から漏れた声が、妙に冷めて聞こえた。次いで、ヒュッと早かった呼吸音の乱れる音。それでも俺は続ける。 「俺は、別の人に同じような事をされたら、多分同じように好きになる」 「え……?」 「俺は、同じように俺を必要としてくれるなら“ジルさん”でなくても構わない」 「そん、な」  俺は自分のスタイルを崩さない。  俺の占いはこうだ。目隠しをして、手を繋いで。そして――。 「だから、ジルさんも俺に縛られなくていい。だって、俺は貴方の“運命”じゃないから。俺は、貴方を縛らない。永遠を俺と誓わなくていい。幸福を約束しなくていい」 「っ!」  相手の望む事は、最後に言う。

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