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13:運命じゃないから①

◇◆◇  午前十時。  俺の予約した個室は、一見すると普通のアパートの一室だった。ただ、夜はバーになるタイプの部屋らしく、昼間はレンタルスペースとして貸し出している、と。うん、確かに中に入ってみると部屋の一室はバーになっている。その周囲にソファ席が二つ。 「上手い商売だなぁ」  いわば、日中はこの部屋に「副業」をさせていると言う事だ。夜のバーカウンターが「本業」で、昼間がレンタルスペースとしての「副業」。今や、不動産も副業する時代というワケか。  俺が感心しながらいつものように青いリボンで目隠しをしていると、アパートの入口が開く音がした。ここはアパートの一室とはいえ、レンタルスペースも兼ねている。入口はナンバーロックを解かなければ入れない。  今日のこの部屋の解除番号を知っているのは、俺と――。 「こ……こんにちは、ジルさん」 「……」  返事が無い。  もしかして、怒っているのだろうか。  それとも、確認したいのだろうか。 「こ、こんにちは。ジョーさん?」  俺が、ちゃんと“気付いて”いるのか。 「……ほう」  入ってきた相手から、少しだけ愉快そうな声が漏れた。  そう、此処に居るのはジルさん。もとい、海外事業部のエース。ウォーレン・城……ジ、る?とりあえず、ジョーさんだ。とてもじゃないが、名前が長過ぎて覚えられない。俺はこの人のように頭が良くない。なにせ、鉄の凡人だから。 「さすがに気付いてくれたんですね。三久地先輩」 「ジョーさん。俺の事……気付いてたんですね」  ソファ席に座る俺の元に、ジョーさんの気配がゆっくり近づいてくる。なんだろう。緊張する。背筋が、ゾワゾワする。 「普通は気付きます。あれほど毎日同じ会議で顔を合わせていたんですから」 「……でも、俺目隠ししてますし」 「いや、目隠しって。俺の事バカにしてますか?」 「あ、ごめんなさい。そんなつもりは……でも、他の人にはバレた事が無かったので」  そう、そうなのだ。  俺自身は、自分が目隠しした姿なんてもちろん見た事がない。だから、そういうモノだと思っていたのだが。 「それは……他の人が、三久地先輩が俺を意識していないからですよ」 「じゃあ、ジョーさんは俺の事を意識しているという事ですか?」 「……」  その瞬間、押し黙ったジョーさんに、俺は自分で何を言っているんだと慌てた。同時に、ギシリとソファが軋み、すぐ隣に人の気配を感じる。顔が、熱い。 「あ、えと。俺、ふだん……メガネの、度が合ってなくて。あんまり、見えてなくて」 「メガネの度も何も、先輩は今も目隠ししてるじゃないですか」 「う゛」  慌て過ぎて意味のない事を口走ってしまった。どうしよう、座っているだけなのに、息が上がる。  クスクスと笑う声と共に、肩と肩が触れ合う。ごもっともだ。俺は目隠ししていようとしていなかろうと、見えていないのには変わらない。  俺は見えていない筈なのに、思わずジョーさんから顔を逸らした。 「あの。ジョーさん、昨日もお疲れ様です。俺と違って、遅かったんでしょう」 「そうでもないです。二十三時まで事業計画を見直していた程度なので」 「……お疲れ様です」  俺は定時に上がらせてもらったけど。まぁ、定時といっても今の沖縄支社の定時は二十一時みたいなモノだから、俺も決して早く上がれているワケではないが。 -----大丈夫。定時で上がれるようにしておくから。  課長の言葉が頭を過る。  まったく、帰ったら文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。まぁ、いつ本社に帰れるかなんて全然分からないけれど。 「俺は、疲れてなどいない」 「っ!」  と、不意に俺の手にいつもの感触が走った。ゾクリと、背筋に甘く痺れるような感覚が走る。まだ触りたてのヒンヤリしたジョーさんの……いや、いつもの“ジル”の手だ。今までどのくらいの時間、互いにこうして手を握り続けて来ただろう。  きっと、この短期間で俺の手繋ぎ記録は完全にジルさんに塗り替えられてしまった。 「俺は口が悪いですからね。自覚はあります。だから、反発も多く折り合いも悪い。ただ、それでも事実は伝えて改善せねばならない。発言には責任が伴う。言ったからには行動で示さねば、誰も付いて来てくれません」 「そ、尊敬します」 「……面倒だと思っていたんじゃないですか?」 「思ってません。ジョーさんの意見は、いつも正しかった。それに、いつも一生懸命だったから……」  そう、だから俺はいつも「この人」の望む先に進められるように、少しだけど「声」を上げられるようにしていた。 -----やれない理由をグダグダ考えるな!やる為にはどうしたらいいか、それだけを考えろ!  この人の言葉は凡人の俺に、いつも響いた。  それは、俺にとって前向きになれる「自己啓発本」であり、背中を押してくれる「占い」みたいなモノで。なんか、元気になれた。だから、少しでも助けになればいいな、と思ったのだ。

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