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「ほら、綾人くん。キスしていいよ」
ん、と目を閉じた翠は唇をこちらに向けてくる。そんないきなりしろと言われてもここには仁もいる。
それに寝起きということもあり、俺と喧嘩しているはずの翠がいる今のこの状況を、俺はよく分かっていなかった。
どうしたらいいのか、しどろもどろになっている俺を見る仁は息を吐くと、翠の肩を掴んで俺からべりっと引き剥がした。
「おい、翠。綾が困ってるからやめろ」
「もー、邪魔しないでよ」
「ってか、仁くんこそ綾人くん触っちゃ駄目だからね。続きなんてさせないから」
翠が脇にいる仁をじろっと睨んだ時、俺はあることに気付いた。
「仁······、それ、どうした?」
仁の、擦り切れている打痕ような痕がある頬を指差すと、仁は苦笑いを浮かべた。
「あー、これは··········」
「俺がやった」
仁が答える前に、翠が食い気味に仁を横目で睨むと、仁はまた苦い顔をした。
「入れようとした時、綾泣いてただろ。んで翠に思い切りぶん殴られた」
「授業始まるってのに綾人くん教室にいないんだもん。休み時間とか昼休みに仁くんといるの分かってたから、まさかと思って空き教室とか探してたんだよ」
「そしたら、案の定って感じだったけどね」
翠はちらっと仁に目を向けると、仁は悪かったな、と小さく呟いた。
「お前が弱ってるとこにつけ込んだんだ。最低なことをした」
俺から目を逸らす仁は罰の悪い顔を浮かべた。仁は、翠に突き放された俺にぐいぐい迫って告白を承諾してしまった時と、屋上でのことを言っているのだろう。
あの時俺は翠に振られたのがショックで頭が回っていなかった。だが、その告白を受け入れてしまったのは俺だ。むしろそんな半端な覚悟で受けてしまって逆に申し訳なく感じるくらいだ。
「····綾も前は俺のこと好きだっただろ。だから押せばイけると思ったんだよ」
「っえ··········」
ーー今、仁は綾"も"と言った。その言い回しは、まるで………
「綾、お前鈍感すぎ」
「お前のことがずっと好きだった。というか、気付くだろ、普通」
目の前には、真剣な表情でこちらを見つめる仁。その隣にはつまらなそうにベットの縁に腰掛けている翠。
いきなりの展開に頭がパンクしそうで、熱があるんじゃないかと思うくらい、顔が熱くて堪らなかった。
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