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第4話
「どうにかして文化祭を中止に出来ないだろうか」
「無理です。はい、解散」
「集合! 集合―!」
「なにさ、もう」
太刀矢が突拍子もないのは何時もの事だが、今回もまた無茶を言っている。
「分かった! 文化祭の開催は諦める」
「そりゃそうでしょ。なに譲歩した感じ出してんの……」
「うるさいぞ、模部! とにかく、クラスの出し物『女装メイド喫茶』だけはどうにか変更したい!」
握りこぶしを作った太刀矢が力説するので、思わずため息をつく。
「太刀矢は裏方でしょ。女装するわけじゃないんだし、別にいいじゃん」
そう、太刀矢は女装をしない。見たかったのに……。僕の「マッチョこそメイド服を着るべき」という主張は一切聞き入れられなかった。予算的にもメイド服の数に限りがあって、全員には行き届かず、このクラスには可愛い系や綺麗系の、男にしては線の細い男子が多かった為だ。僕としては、かっこいいマッチョがフリフリのメイド服をパツパツにしながら着るのが可愛いと思うのだけれど、どうやら少数派だったらしい。僕がメイド候補にあがったのも、未だに納得がいっていないが。
「そうだけど、そうじゃないというか……」
「なにさ」
「だ、だから……! 猫谷がメイド服着るの、心配だし……」
照れながら逸らされた視線の方向には模部がいた。太刀矢はいい加減、僕を隠れ蓑にするのをやめた方がいいと思う。もしかすると、模部にも誤解されているかもしれないぞ。
「俺は、はやく模部のメイド姿が見たい」
それに引き替え、攻杉の素直さと言ったら……。
「攻杉!?」
いつの間にか、両手にお菓子やパンを抱えた攻杉が近くにいて、僕達の囲む模部の机にお菓子を置いた。
「どうしたの、それ」
「昼飯にパンの耳食ってたら、色んな奴がくれた」
ほくほくしながらそう言う攻杉。僕が周囲に話した訳ではないのに、気付けば攻杉の転校理由は周囲に知れ渡っていて、色々な奴が日々食べ物を置いて行くらしい。
「いやいや、俺のメイド服姿とか、本当……猫谷なら分かるけども……」
「俺は模部の写真撮りたい」
「……うぅ、俺は裏方がやりたかったのに」
照れているのか、呆れているのか、両手で顔を覆った模部。隠せていない耳が真っ赤になっていた。
模部は、メイドの残り一枠に消去法で入れられたのだ。
「絶対に似合うから大丈夫だ」
「なんなのその自信……。頼むからハードル上げないで」
「? 上げていない」
根が素直な攻杉は、みるみるうちに模部へと懐き、今ではすっかり尻尾を振った大型犬だ。光景としては微笑ましいが、太刀矢の模部への想いを知っている僕からすれば気が気ではない。なんで僕、この三角関係に気付いてしまったんだろう……! 胃が痛い。
「もう今更変えられないでしょ……。準備も始まっちゃってるし」
「太刀矢、僕の代わりにメイドさんやる?」
「メイド服着る猫谷は見たい。俺だけのメイドさんになって欲しい……」
「なに無茶言ってるの」
「うー……分かった! 当日にメイド服を着るのは認めるが……」
「今日ずっと何様??」
「その代わり、先に……俺にだけ、二人っきりでメイド姿を見せてくれ!」
模部の机に両手を置いて、土下座のように頭を下げる。机に置かれていたル〇ンドが挟まって、バリィと音がした。まあ、あのお菓子は元々割れやすいから、今割れずともそのうち割れていただろうが……。
助けを求めるようにチラリと模部を見てみれば、後ろに攻杉をくっつけた状態で、困ったような顔をしながらウンウンと頷いている。やはり俺が折れるのが一番手っ取り早く、平和にこの場を収めることが出来るのだろう。
「わ、分かった」
「本当か!?」
太刀矢に両手を包み込むように握られた。要するにあれだろう? 模部が如何わしいデザインの服を着せられないかが心配で、先に僕でどんなデザインなのか細部を確認しておきたいということだろう。もしくは、一度僕で模部のメイド服姿をシュミレーションしてから当日に挑もうとしているとか……。
「おい……メイド服汚すなよ、太刀矢」
「わ、分かってるっつーの! 見るだけだって!」
模部を巡る恋のライバルだというのに、太刀矢と攻杉は最近結構仲が良い。
「太刀矢、手……」
「あっ、す、すまん! でも、とにかく約束……忘れないでくれよな」
「うん。分かった」
パアアッと明るくなった表情に、太刀矢は本当に模部の為なら一生懸命だよな……と、僕は少しだけ模部のことが羨ましくなってしまった。
◇
漫画などでは、文化祭の衣装の為に採寸をして、自分たちで衣装を作ったりしているのをよく見かけるが、うちのクラスに裁縫が得意な奴が居なかった為に、出来合いの物を購入することになった。
ロングスカートでクラシカルな清楚メイド派と、短いスカートでロリータ系なフリフリメイド派の激しい戦いの末に、短いスカートのロリータメイド服に決まってしまい、僕は肩を落とす。自分が着るなら絶対ロングスカートが良かったのに……。
注文してから数日で品物が届いて各自に配られ、実際に着て問題ないかを確認してくるようにと言われた。サイズ変更が必要そうなら早めに申し出るようにとも。
問題なんて、着る前からある……。僕にこんなフリフリの服が似合うわけが無い。
「猫谷。それ持って、今日俺の部屋な」
……そうだ。そういえば、そんな約束したんだっけ……。すれ違いざまに耳元で低く囁いた太刀矢の声は、なんだかいつもと雰囲気が違って動揺してしまう。
「あ、うん」
誤魔化すように、ビニールに包まれている新品の服を胸に抱いたら、くしゃりと小さな音を立てた。
今日はなんだか、時間の流れが早かったような気がする。
気付いた時にはもう寮にいて、風呂上がりの髪をドライヤーで乾かしていた。今日の太刀矢は終始落ち着きがなくソワソワしていて、なんだか僕まで落ち着かない気分で過ごすはめになった。ベッドの上に放り投げたメイド服。これから、あれを持って太刀矢の部屋に行くんだよな……。
「ちょっと猫谷、気を付けなよ?」
「へっ!?」
「今から太刀矢のところに行くんでしょ? あいつ、同室の剣崎に『消灯ギリギリまで自分に部屋を貸し切らせて欲しい』って頼み込んだらしいよ」
「へ、へぇー」
それはつまり……どういうことだ? 太刀矢が僕に何かしようと……いやいや、でも太刀矢が好きなのは模部であって、僕じゃない訳だし……。一応当日まで他のクラスへのネタバレを避けよう的な? あとは、妙に僕のこと心配してくれるから、剣崎 先輩が僕のメイド服を見て興奮し……いや、ないか。うーん……。
「まあ、とにかく行ってみます!」
「心配だ……」
これまた色々と面倒を見てくれる鞘島 先輩が「いい? 変なことされそうになったら、大きい声を出すんだよ」と心配してくれる。本当にこの学園は良い人ばかりだ……!
「鞘島―! よっす!」
「剣崎」
「あれ? 猫谷まだ居たの? 太刀矢、部屋で待ってるよ」
「はい。行ってきます」
「ごゆっくり~♡ さて、俺らも楽しもうか……」
あれ? なんかBLの気配がする……?
僕は後ろ髪を引かれながらも、太刀矢の待つ部屋へとメイド服を持って向かった。
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