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エピローグ いただきます
「こんにちわ」
「いらっしゃいませ」
ベルを上品に鳴らして、直哉さんが来店した。かれは迷いなくカウンターの席に座る。
「Cランチで」
メニューはいつもと同じ野菜がメインのメニュー。
お嫁さんの呪いは解けたと彼は言ったけど、無理なく食べられるようになるか、身体に支障をきたすまではヴィーガン生活を続けるとのことだ。
それに俺は思うところはない。どんな食事、主義志向でもおいしく食べることが一番だ。
「近々、再就職するかもしれない」
「そうなんだ。おめでとう」
「結局、元いた会社に戻るだけなんだけど、新卒採用が上手くいかなくて、戻れるなら戻ってくれると嬉しいって」
「それだけ必要とされてるってことじゃん」
「ここにあんまり来れなくなるのはさみしいよ」
「そんなの、いつでも作りに行くよ」
「ありがとう。そうじゃなくて伝えたかったのは会える時間が少なくなるのはさみしいってことだけど。もちろん、善の料理は好きだよ。善は優しいね。それとも俺が愛されてる?」
「えっと、……はい」
困惑すると、直哉さんは笑った。付き合ってから直哉さんは俺につねに甘い。嫁と子供がいなくなり、もっていきようがなかった気持ちの全部を俺にそそいでいるようだ。いまは直哉さんがまだ無職なので、かなりの時間お互いの家をいききしているのだけど、直哉さんの甘さを、俺はどうしていいかわからず振り回されてばかりいる。
紺谷君がぐれていたっていうのはちょうど反抗期の中高生の時期だ。家の事情もあっただろうけど、こんな愛情過多の父親だとどうであっても反抗期になると思う。
「Cランチです、どうぞ」
今日のCランチのメインは卵フリーの天ぷらだ。
「いただきます」
直哉さんは静かに手を合わせて、きれいな所作で天ぷらをかじる。
「おいしい」
玉ねぎのてんぷらは歯切れよく、さくっと音がした。
おわり
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