1 / 184
プロローグ
「お前が一人前の医者になったら……いや、今すぐにでも所へ嫁に来い」
「よ、嫁に……?」
「そうだ。いくら鈍感なお前でもわかるだろう?」
クイッと顎を持ち上げられて、強引に視線を合わせられる。
「な、成宮 先生……」
その、見たことのない真剣な表情に、俺は思わず息を飲んだ。
「これは、プロポーズだよ」
「……プロポーズ……」
「そうだ。俺が一生かけてお前の世話をしてやるから、黙ってさっさと嫁に来い」
その不敵な笑みに、俺の思考回路が崩壊するのを感じた。
だって、こんなことが現実に起きるはずがない。
なぜなら、目の前で俺にプロポーズしている人物は、容姿端麗、頭脳明晰。泣く子も黙る小児科の若きエース。スーパードクターの成宮 千歳 だ。
そして対する俺は、何から何まで平均的で、平凡過ぎる程平凡な成人男性である。
俺達を例えるならば、俺が河原に落ちている石ころなのに対して、成宮先生は高級デパートの宝石売り場に並んでいるダイヤモンド。
そんな天と地の差がある俺と成宮先生が恋人になるなんて、ましてや嫁なんて、本当に有り得ない。
有り得ないのに……。
俺は、今、罠を目の前にした兎だ。この罠の餌は世界で一番邪悪で最強だけど、最高な餌……入ってはいけないとわかっているのに、踏み入れようと足が動いてしまう。
でも、なんでだろう。この罠から、一生逃げ出したくない。もっともっと、キツく締めて……もう、ここから絶対逃れられないくらいに。
「葵 、嫁に来い……」
俺は、一瞬で甘い罠の虜になってしまった。
ともだちにシェアしよう!