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ハイスペックな彼氏①
「水瀬、お前はいつになったら採血がまともにでるようになんの?それでも医者なわけ?」
「うっ……す、すみません」
「子供の血管は細いんだから、これって決めたら絶対外すな。それに何回も痛い思いをさせたら可哀想だろうが」
「すみません……」
「ったく、世話が焼けんなぁ」
俺、水瀬葵 の横で大きな溜息をつくのは、芸能人も御用達の某有名総合病院、小児科の若きエース、成宮千歳 だ。サラサラの長い髪を耳にかけながら、俺を軽く睨み付ける姿は悔しい位イケメンで。『綺麗』という形容詞が、この人には一番ピッタリ当てはまる言葉だと思う。
モデルみたいにスラリとした長い手足に、人形のように整った顔立ち。色素の薄い髪が、サラサラと揺れてスッと切れた大きな瞳は、いつも慈愛に満ちている。
更に、成宮先生がいるだけで、その場はミントの香りで包まれるような爽やかな雰囲気になるから不思議だ。
廊下ですれ違う看護師や患者さん、同性までもが頬を赤らめて振り返り、甘い溜息をつく。みんなが望む全ての物を兼ね備えた、実力派若手医師。
誰にでも物腰柔らかく接し、患者やスタッフからの信頼も厚い。
頭脳明晰で容姿端麗。人望まであるなんて、全く非の打ち所のない人間なのだ。だから、悔しいけど、俺は何も言い返せない。
「で、何号室の誰の採血ができないの?」
「506号室の咲 ちゃんです」
「はぁ?お前、この前もあの子の採血できなくて俺に泣きついてなかったっけ?」
「は、はい。すみません」
「すみませんじゃねぇよ。ったく。ほら行くぞ」
成宮先生は俺に背を向けると、さっさと病室へ向かって歩き出してしまう。
「あ、待ってください!」
必死に成宮先生を追いかけるんだけど、リーチの長さが全然違う俺は、ほぼ走って追いかけることになってしまう。
それを見た看護師さんがクスクス笑っている。
なんでなんだろう……なんで、成宮先生は俺だけにこんなに冷たくて厳しいんだろう。
みんなに向けらる笑顔や優しさが、俺に向けられることなんてない。いつも怒られてばかりで、誉められたことなんか一度もないし。
今だって、必死に成宮先生を追いかけている俺を気にする素振りなんて全くなく、どんどん歩いて行ってしまう。まるで、俺の存在なんて成宮先生には見えていないように思えてくる。
どんなに頑張ってついて行こうとしても、距離は離れて行くばかりだった。
「咲ちゃん。何回も針を刺してごめんね?よく頑張った。いい子だね」
「うん!咲、頑張ったよ!」
俺が苦戦した採血を、意図も簡単に終わらせてしまった成宮先生が、優しい笑顔で咲ちゃんの頭を撫でている。
それが余程嬉しいのか、咲ちゃんはニコニコしていた。ついさっきまで泣きべそをかいてたのに。咲ちゃんの右手には、俺が失敗した採血の跡が痛々しく残されていた。
「咲ちゃんは本当に強い子だよ」
「えへへっ」
そんな二人のやり取りを見ていた俺は、目頭が熱くなるのを感じる。自分の不甲斐なさに泣きたくなった。
「ほら、この検体、至急で出しといて。あと検査項目追加しといたから」
「あ、はい」
病室を出た途端に、血液の入ったスピッツを押し付けられる。咲ちゃんに向けられていた笑顔は、すっかり消えてしまっていた。
「こんなんで、俺の手を煩わせんな」
「す、すみません……」
今にも泣き出しそうな俺を残して、成宮先生は行ってしまう。ポツンと取り残された俺は、自分が情けなくて、悔しくて、唇をギュッと噛み締めた。
プルルルルル。
その瞬間、胸ポケットに押し込まれているPHSが鳴って、俺は一気に現実に引き戻される。
「はい、水瀬です。はい、はい、はい……わかりました。すぐに行きます」
患者さんの急変を知らせるcallに、俺は大きな溜息をつく。落ち込んでる暇なんてない。俺にはやらなきゃいけない事がたくさんあるんだ。
そう言い聞かせて、自分を奮い立たせた。
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