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野良猫みたいな恋㉔

「お前が勘ぐってるように、俺と橘は昔付き合ってた」 「……やっぱり……」  俺が一瞬泣きそうな顔をしたらしく、そっと髪を撫でてくれる。 「当時の俺はアホみたいに盛ってて、見た目さえ良ければ特定の相手なんて作らずに適当に遊んでた。橘と付き合いだしのは軽い気持ちからだったんだけど……生まれて初めて真剣に恋をした」  俺をできるだけ傷つけないようにって、言葉を選んでくれているのがわかる。それでも、俺の心はどんどんズタズタに切り裂かれていった。 「付き合うきっかけは、向こうが告ってきたからだった。橘は見た目が良かったからすぐにOKして……あいつは色恋沙汰には慣れてるようだったけど、付き合いそのものには凄く真面目だった」  あやすように髪を撫でながら、そっと俺の様子を伺ってくれる。その気遣いが嬉しかった。 「初めて本気で人を好きになって……橘も俺を大切にしてくれた。幸せな時間がずっと続くように感じられた。でも……」 「でも?」 「医師になって2年目くらいから俺達の関係に、亀裂が入りはじめた。喧嘩も増えて、一緒にいることも苦痛になって……」  成宮先生が唇を噛み締める。 「仕事とプライベートを上手く分けられなかった俺達は、食事中の会話も仕事のことばかりになった。橘は仕事も飛び抜けてできたから、奴の頭の中は仕事でいっぱいで……勿論俺もそうだった。プライベートでまで、仕事のことで口論するようになったんだ」 「そんな……」 「それからは、坂道を転げ落ちるかのように俺達の関係は崩れていった。いつしか会話もなくなって、心も冷めて行って……」  それを聞いた俺は咄嗟に思う。 『じゃあ俺も、あなたに冷められる日が来るんですか?』  そう問おうと開いた唇をチュッと奪われてしまう。昨晩キスをし過ぎた唇は、熱を持っていてヒリヒリと痛かった。 「葵を見るとホッとするんだ」 「え?」 「お前はトロいからさ……仕事のことで口論になることなんてないだろう?」 「そ、そんな、酷い…… 」 「ふふっ」  成宮先生がクスクス笑いながら俺を抱き締めてくれた。 「いっつも一生懸命なのに、不思議と周りがギスギスしない。めちゃくちゃ頑張ってるから応援したくなるし、失敗するのに諦めない。誰にでも優しくて、好かれて……本当に不思議だよな……」 「なにがですか?」 「ん?お前を見てると励まされるんだよ。仕事が辛いんじゃなくて楽しくて仕方なくなってくる。プライベートでも、いっつもマイペースだから癒されるしさ」  成宮先生がもっと腕に力を込めて、ギュッと抱き締めてくれるんだけど……俺は少しだけ苦しくて顔を顰める。 「だから葵が好き」 「え?」 「俺には、お前みたいにポヤポヤしてる奴がいいみたいだ」  その言葉を聞いた瞬間、キュンッと胸が締め付けられた。むせ返りそうな幸せに泣きたくなる。 「橘とキスしたことについてはすまない。油断したわ。まさか、キスしてくるとは思わなかった」  切なそうな顔をされれば、彼もどれだけ辛い思いをしたのかが伝わってきた。 「お前が望むなら……橘とキスしたこの唇が汚いっていうのであれば……メスで切り落とすから」 「な、何を言ってるんですか!?」 「だって、もしあのとき、お前が智彰にキスされてたら……って考えただけで俺は(はらわた)が煮えくり返りそうになる」  自分のことを苦しそうな顔で見つめてくるから、そっと髪を撫でてやる。柔らかくてサラサラした髪……気持ちいい。 「俺は葵が可愛くて仕方ない。大好きで仕方ない」  伸びた前髪を掻き上げて、額にキスをくれた。

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