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野良猫みたいな恋㉓
ただ成宮先生が欲しくて、自分だけのものにしたくて……そのために自分の体を利用して。
最低だと思うけど、今の俺にはこれしか方法がなかった。
「愛してる、葵。なぁ愛してるよ」
そんな声も、遠のく意識の中……まるで夢の中の出来事に思えた。
「お願い、もっとキスして?」
「いいよ。好きなだけしてやる」
「もっと、もっと深いの……息もできなくなるくらい……」
「馬鹿が」
「……ん…はぁ……ッ」
成宮先生の熱い舌が、俺の口内を無遠慮に犯してく。その甘い唾液を、コクンと無我夢中で飲み込んだ。
翌朝目を覚ますと、全裸の成宮先生が隣で寝ていた。
体中の血がサッと引いていく感覚を覚える。そっとベッドから逃げ出そうとすると、
「オイ、どこ行くんだよ」
眠そうに片目だけを開けた成宮先生に腕を掴まれる。
「昨日あんだけ乱れといて……終わったら逃げんのか?」
成宮先生の言葉で、断片的な記憶がどんどん1つになっていく。
「あっ、ああ……んッ!千歳さん……千歳さん……気持ち……いぃ!あ、あッ!」
普段では絶対出さないような甘ったるい嬌声を上げながら、成宮先生にまたがり必死に腰を振る自分。完全に快楽に溺れきってしまった。
「昨日のお前、めちゃくちゃエロかった……」
意地の悪い笑みを浮かべた成宮先生にドキドキする。
俺はなんてことをしてしまったんだろう……穴があったら本当に入ってしまいたい。
恥ずかしくて死にそうになる。
「ごめんなさい……」
小さく囁くと、
「なんで謝んだよ」
そっと頬に口づけられた。
「今までで一番良かったぜ」
顔が一気に火照るのを感じて布団に潜り込む。もう成宮先生に合わせる顔がない。
「葵~!出てこいよぉ」
成宮先生の悪戯っぽい声が聞こえてくる。
本当に情けない。
橘先生にヤキモチを妬いて、ホスピッチュに正面衝突して、仕舞には恋人を襲うなんて……。
できることなら、あの野良猫と一緒に草むらに隠れていたい。
そしたら、もう俺のことなんか放っといてほしい。
放っておいて……お願いだから。
「成宮先生……俺達別れた方がよくないですか?俺、あなたに迷惑かけてばっかだ……」
泣きたくなった。ここ最近、ずっとずっと本気で考えてきたこと。
こんな情けない俺となんか、一緒にいないほうがいい。
俺は、あなたの傍にいる価値なんてないから……。あの人のほうがあなたには相応しい。
「ふーーーん……」
成宮先生が少し冷めた目で俺を見つめた。
突然俺は組み敷かれ、両手を顔の横で強く掴まれた。これじゃもう逃げられない。
「じゃあさ、聞くけどさ」
成宮先生の切れ長の瞳が、俺を捕まえて離してくれない。
「お前は忘れられんの?俺の腕を。俺の体温を。俺のキスを。俺のセックスを……。なぁ葵……忘れられんのか?」
俺は一瞬息を呑んだ。だって……。
忘れられない。
忘れられるはずなんかない……。
「忘れられません。千歳さん、ごめんなさい」
俺の瞳から一粒、涙が零れた。
「苦しいよ、辛いよ、千歳さん……助けて……」
ようやく言えた本音。
草むらに隠れていた野良猫は、ようやくそこから出る決心がついたんだ。
やっぱり1人で隠れているのは辛くて、そして寂しいから。
成宮先生は無理に俺を引っ張り出そうとはしなかった。俺が自分の意志で出てくるのを待っててくれた。
だからこそ出てこれたんだって思う。
寂しくて1人で鳴いていた野良猫。
本当はかまって欲しくて、でも怖がりだし天邪鬼だから、誰かが迎えに来てくれるをずっと待ってたんだ。
出て行ってもいいの?
そしたら頭を撫でてくれる?
怖くて仕方ないけど、俺はあなたの腕の中に向かって歩き出したい。
「俺と橘がキスしてるとこ、見てたんだろう?」
「……は、はい……」
「なぁ葵……」
成宮先生が不安そうな顔をしながら、俺の髪をそっと撫でる。
「俺の過去の話……聞いてくれるか?」
いつも揺るぐことのない綺麗な瞳が、ユラユラと揺れているのを見て、思わず息を飲んだ。
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