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バニラの香りに包まれて②

 あの日から、自然と成宮先生を避けるようになり、今に至っている。    あくまでも自然に避けてるつもりだった。本人には勿論のこと、他のスタッフにもバレないように。上手く成宮先生とすれ違うように努力してるつもりだったんだ。  なのに、 「なぁ、何で水瀬は成宮先生を避けてるの? また喧嘩でもした?」  と、意図も簡単に親友である柏木にに見破られてしまった。よりによって、全然働いている病棟が違う柏木に……。 「な、なんでそんなこと知ってるの?」 「あー、うちの病棟の看護師さん達が噂してたんだ。成宮先生がかわいそう! って」  昼食の蕎麦をすすりながら、柏木があまり興味なさそうに話す。  そんなことより、他の病棟にまで俺と成宮先生とのことが知れ渡っているなんて……成宮千歳、恐るべし。しかも、彼は完全に被害者側だ。 「あんまりいがみ合ってないで、仲良くしろよ」 「あ、うん。そうだね」  俺は無理矢理笑顔を作って、かつ丼に食らいついた。  仕事を猛スピードで終わらせて家路へと向かう。先に帰って用事を済ませないと……成宮先生と上手くすれ違えるよう、最善の努力をしていたのだ。  そんな中、予想より早く成宮先生が帰宅した。  最近は帰ってくるのが遅かったから、さっさと風呂に入って先に寝てしまっていた。そして、成宮先生が目を覚ます前に家を出て……喫茶店で時間を潰してから出勤していたのだ。  想像もしていなかった成宮先生との遭遇に、俺の心臓がバクバクと高鳴り出した。  なぜ避けるんだ? と責められたら、なんて返せばいいのかが全くわからない。頭のキレるあの男をかわすなんて、余程こちらが上手(うわて)でない限りできるはずなんかない。 「どうしよう…どうしたらいいんだぁ」  頭を抱えて悶絶していれば、カチャリとドアノブが動く音が静かな室内に鳴り響き、ドアが開くと同時に外の冷たい風が吹き込んでくる。ヤバい……思わず逃げ出したくなるけど、もう完全に手遅れだ。  きっと俺に無視されたことに、怒り狂っていることだろう。でも仕方ないじゃん。あんなに成宮先生と橘先生に食ってかかっておいて、一体どの面下げて顔を合わせればいいんだよ……。  俺は心の中で小さく舌打ちをした。

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