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いい子いい子してほしい③

「彼氏がいない間に、他のDomの誘惑にホイホイ乗りやがって。お前はイケないSubだ。最低だぞ」 「な、なるみやせんせ……」 「最低だよ」  俺は何も言い返せないまま、黙って俯く。ピリピリと張り詰めた空気が部屋の中を包み込む。その雰囲気に俺はギュッと目を閉じた。  怖い……怖い……!  その沈黙を、成宮先生の鋭い声が切り裂いた。 「葵、Kneel!」 「え?」 「Kneelだって言ってんだよ!葵!」  成宮先生の怒りを含んだ声が、ビリビリとその場の空気を振動させるかのように低く響き渡る。  もうそこにいるのは、いつもの優しい成宮先生ではなく、怒りに我を見失ったDomだった。 「来い。Kneelだ」 「………………」 「おいで、葵。お前の飼い主は俺だ」  俺はそっとベッドを降りると、静かに成宮先生の足元にしゃがみ込んだ。まるで、叱られて耳と尻尾を垂らした犬のように。  サラッと伸びた髪が顔にかかり、成宮先生が見えなくなってしまった。 「Good boy(グッドボーイ)。良くできたな」  成宮先生は未だに納得いかないといった表情ではあるが、優しく俺の頭を撫でてくれる。 「いい子だ、葵」 「千歳さん……」 「良くできました」  その言葉に、俺の顔が一瞬で笑顔になる。それはまるで、大輪の向日葵が咲いた瞬間のようだった。  Domに褒められ、認められたSubは、心が幸せで満たされていく。嬉しくて嬉しくて……強い愛情を感じるのだ。 「何て幸せそうな顔をしてんだよ……」  智彰が悔しそうに唇を噛み締めている。 「ただな……」 「痛いッ!」  突然近くにしゃがみ込んできた成宮先生に、強引に唇を奪われる。まるで噛み付くかのような口付けに、俺は小さな悲鳴を上げた。 「俺以外のDomに簡単に体を触らせた愚かなSubには、お仕置きが必要だよ?」 「ごめんなさい……許して……」 「もう遅いよ。お前の彼氏がどんなにヤキモチ妬きで、どんだけお前に惚れてるかなんて、葵が一番わかってるでしょ?」  まるで蛇のように、ねっとりとした視線に捉えられてしまえば、俺の背中をゾクゾクっと甘い甘い電流が駆け抜けて行った。  目の前のDomが恐ろしくて仕方ないのに、それ以上に『お仕置き』をされたくて仕方ないのだ。  こんなにも立派なDomに叱られたい、虐められたい。本能がそれを求めてしまっている。強い強い衝動が全身を突き抜けて行った。  自然と体は火照り、呼吸が浅くなる。興奮からか、目には生理的な涙が浮かんだ。 「千歳さんに、お仕置きされたい」 「だろうね?お前は俺に虐められるのが大好きだから」  そのまま床にしゃがみ込んでいた俺を、ふわりと横抱きで抱え上げた。 「そういう訳だからさ、智彰。俺ら帰るから」 「はいはい。分かりました」 「それからさ……」 「まだ何かあんのかよ?」  智彰が成宮先生に背を向けようとした瞬間、ゾクッと俺の背筋を冷たい汗が流れて行くのを感じた。 (な、なんだ……これ……)  まるで、狼に崖っぷちまで追い詰められたかのような、威圧感と絶望感。智彰は思わず成宮先生を振り返った。 「なッ……!?」 「あ、あ……ッ」  そこには、静かに怒りを称えた成宮先生が立ちはだかっていた。その眼光だけで、智彰の体はまるで鎖で雁字搦めにされてしまったかのように、動かなくなってしまう。  俺はあまりの威圧感に、夢中で成宮先生にしがみついた。  体がガタガタと音をたてて震え、顔を上げることもできない。 (これがGlare(グレア)……)  自分のSubに違うDomが近付いた時に、Domが威嚇の為に行う行為。  智彰は、成宮先生のあまりにも強いGlareに息を潜めている。 「もう、葵にはちょっかい出さないでな?」  地を這うような低い声に、智彰の顔が思わず引きつっている。こんなGlareを食らっておきながら、俺に手を出すなんて……余程の馬鹿でない限り出来るはずがない。 「こいつは俺のだから」 「……わ、わかった」  なんとか声を絞り出せば、成宮先生がいつものような人懐こい顔でニッコリ笑う。 「じゃあまたな。お疲れ」 「あぁ。お疲れ」  智彰は顔を引き攣らせながらも、俺と成宮先生にヒラヒラと手を振っていた。

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