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『いやだぁ、しおんにぃ、いかないで·····』
顔が涙と鼻水でぐしょぐしょになった朱音 は、小さな手で『しおんにぃ』の服を引っ張り、引き止めていた。
そんな『弟』を『しおんにぃ』は困った顔で見ていた。
このやり取りをどのぐらいしていただろうか。
親にどんなに止めなさいと怒られても、『しおんにぃ』と繋いでいた手を無理やり引き離すのを、必死になって握っていたり、泣き喚くのを止めなかった。
怒らせようと思っていた『しおんにぃ』は、どんないたずらでも苦笑し、優しくたしなめる程度であったのに、今の表情は、初めて見る、胸がチクチクするものだった。
そんな表情見たくなかったのに。今、そんな表情見せないで。
けれども。この手を離さない。
この手を離してしまったら、きっと、『しおんにぃ』ともう会えないから。
だったらいっそうのこと、綺麗な服に顔を拭いてしまおうか。そしたら、せめて最後に怒ってくれる。
と、実行に移そうとした時、『しおんにぃ』は何か思いついたような顔をし、朱音が掴んでいる手を握った。
『あかと。まえにつくったストラップ、もってる?』
『? うん·····』
『それを、ぼくのとこうかんしてくれないかな?』
『なんで·····?』
一瞬で泣き止んだ朱音はきょとんとした。
二つを合わせると形になるストラップ。
『しおんにぃ』は手先が器用であったから、綺麗な曲線をかたどっていたが、朱音はギザギザが目立つ形になってしまい、『兄』のと比べると汚くなってしまったから、誰にも見せたことがなかったし、このまま捨てようと思ったのだ。
それを何故、今「交換」しようと?
朱音が言いたいことが顔に出ていたのだろう、少し笑みを見せた。
『これからは、あかとのそばにいられなくなるんだ。だから、そのストラップをあかとだとおもって、ずっともっておきたいの。だめかな?』
『····だめ、じゃないけど·····』
『ありがとう』
優しい手つきで朱音の頭をひとなでしてくれた。
いつもなら飛び上がるぐらい嬉しいことなのに、今はこれからはしてもらえない悲しさでいっぱいになった。
また涙で溢れそうになるのをぐっと堪えて、ポケットからストラップを取り出した。
自身の名前と同じ色の、ムラのある『朱色』。やはり、いつ見ても汚いと思ってしまう。
眉を下げながらも、それを『しおんにぃ』に渡すと、『ありがとう。あかとには、ぼくのを』と言って、『しおんにぃ』の名前にある、『紫』の片割れを手のひらに置かれた。
やっぱり、『しおんにぃ』のは綺麗だなと思っていると、『しおんにぃ』は朱音からもらったストラップをとても大切そうに手に包み込んで、胸辺りに添える。
『ぼくたちのこころは、ずっといっしょだよ。どんなにはなれていても、これがあればずっとわすれない。わすれないよ。ずっと··········』
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