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遠くの方で先生が「着席しろー」という声が聞こえた。 が、今の朱音には至極どうでもいいことだった。 それよりも、何故『しおんにぃ』が朱音のことを忘れ、初めてされた怒った表情を見せつけられなければならないのか。 心底悲しいし、とてつもなく怖かった。 さっきのことを思い出し身震いしていると、目線の先にいる大野が「落ち着いたか?」と小声で話しかけてくる。 「·····泣くのは止めたけど、しおんにぃのことでものすごく落ち込んでる·····」 「··········そりゃあ、そうだもんな。あんなにも会いたがっていた人にあんな言い方をされるもんな。そりゃ、そうなる」 「朝田、大野。静かにしろ」 「「すみませーん」」 プリントを配りに来た先生に軽く注意されたことにより、朱音の班の人数分を配っている先生の様子を伺っていた二人は、遠くに行ったのを見計らい、話を再開する。 「·····朱音が間違えた可能性があることは·····?」 「そんなことない! 絶対にしおんにぃだし!」 「朝田、うるさい!」 「·····あ、すみません」 思わず声を荒げながら、立ち上がってしまったことにより、まだ配り途中であった先生に強く注意をされてしまい、「しおんにぃって、誰よ」「いつも言ってるやつのこと?」とクスクス笑うクラスメートの言葉を浴びながら、顔を真っ赤にして小さくなり、俯いて着席する。 「·····大野のせいで、怒られたじゃねーかっ」 「·····ごめんって」 ガッと、また今度は怒りで叫びそうになるのを堪えながら言うと、困ったような顔を見せて、謝る。 次に言いかけた言葉を呑み込み、代わりに深いため息を吐いた。 「·····絶対に見間違えるはずがないし。あのしおんにぃ(仮)のスマホに、俺が作ったストラップ付けてたし」 「(仮)·····っ」 「十年以上会ってないと、あんな態度になんのかな·····。何があったんだろ、しおんにぃ·····」 「··········」 じわっと目が潤む。さっきから泣いていたせいで瞼が腫れて、違和感があるのでこれ以上泣くのは止めたいのに。 黙り込んでいると、先生が黒板に書きながら説明している声がよく聞こえた。 「·····あか──」 「あ! もしかしたら、悪の組織に魔改造されて、その時に記憶が消されてしまったんじゃ·····! そうだとしたら、しおんにぃ(仮)に何とかして、俺との思い出を思い出させないとじゃん!」 「さっきからうるさいぞー」 「大野! 俺、明日から忙しくなるからっ!」 「あ、ああ·····今はそれよりも·····」 「待ってろ、しおんにぃ! 俺との思い出を思い出させてやるからな!」 「朝田ッ!」 再び立ち上がり、握り拳を掲げていると、今度こそ授業妨害したことに堪忍袋の緒が切れた先生に、授業そっちのけでチャイムが鳴るまで怒られたのであった。

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