6 / 113
1-5
遠くの方で先生が「着席しろー」という声が聞こえた。
が、今の朱音には至極どうでもいいことだった。
それよりも、何故『しおんにぃ』が朱音のことを忘れ、初めてされた怒った表情を見せつけられなければならないのか。
心底悲しいし、とてつもなく怖かった。
さっきのことを思い出し身震いしていると、目線の先にいる大野が「落ち着いたか?」と小声で話しかけてくる。
「·····泣くのは止めたけど、しおんにぃのことでものすごく落ち込んでる·····」
「··········そりゃあ、そうだもんな。あんなにも会いたがっていた人にあんな言い方をされるもんな。そりゃ、そうなる」
「朝田、大野。静かにしろ」
「「すみませーん」」
プリントを配りに来た先生に軽く注意されたことにより、朱音の班の人数分を配っている先生の様子を伺っていた二人は、遠くに行ったのを見計らい、話を再開する。
「·····朱音が間違えた可能性があることは·····?」
「そんなことない! 絶対にしおんにぃだし!」
「朝田、うるさい!」
「·····あ、すみません」
思わず声を荒げながら、立ち上がってしまったことにより、まだ配り途中であった先生に強く注意をされてしまい、「しおんにぃって、誰よ」「いつも言ってるやつのこと?」とクスクス笑うクラスメートの言葉を浴びながら、顔を真っ赤にして小さくなり、俯いて着席する。
「·····大野のせいで、怒られたじゃねーかっ」
「·····ごめんって」
ガッと、また今度は怒りで叫びそうになるのを堪えながら言うと、困ったような顔を見せて、謝る。
次に言いかけた言葉を呑み込み、代わりに深いため息を吐いた。
「·····絶対に見間違えるはずがないし。あのしおんにぃ(仮)のスマホに、俺が作ったストラップ付けてたし」
「(仮)·····っ」
「十年以上会ってないと、あんな態度になんのかな·····。何があったんだろ、しおんにぃ·····」
「··········」
じわっと目が潤む。さっきから泣いていたせいで瞼が腫れて、違和感があるのでこれ以上泣くのは止めたいのに。
黙り込んでいると、先生が黒板に書きながら説明している声がよく聞こえた。
「·····あか──」
「あ! もしかしたら、悪の組織に魔改造されて、その時に記憶が消されてしまったんじゃ·····! そうだとしたら、しおんにぃ(仮)に何とかして、俺との思い出を思い出させないとじゃん!」
「さっきからうるさいぞー」
「大野! 俺、明日から忙しくなるからっ!」
「あ、ああ·····今はそれよりも·····」
「待ってろ、しおんにぃ! 俺との思い出を思い出させてやるからな!」
「朝田ッ!」
再び立ち上がり、握り拳を掲げていると、今度こそ授業妨害したことに堪忍袋の緒が切れた先生に、授業そっちのけでチャイムが鳴るまで怒られたのであった。
ともだちにシェアしよう!