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朱音が飛びついた拍子に持っていたらしい、教科書が落ちる音、携帯端末からの『何があったの』という女性の声がしたが、朱音は全く気にすることなく、「しおんにぃ、しおんにぃ」とその背中にグリグリと顔をこすりつける。 やっと、やっと会えた! 大野の言う通りだ。毎日、『しおんにぃ』との思い出を声に出して言ってて良かった。こうして出会えることが出来たのだから。 嬉しくてたまらない。 「·····後で電話をかけ直す」 頭上から響く、今の『しおんにぃ』の声。 当たり前であるが、高校生となったのだから、当時のような可愛らしい高い声ではない低い声であるが、聞き慣れないせいで若干の違和感を覚えた。 しかしそれも、これから共にすれば慣れていくだろう。 楽しみだ。 「あのさ、急に抱きついてくんの止めてくんね?」 「しおんにぃ! 俺、いつもこうしてきたじゃん! 忘れたの!?」 「·····知らねーよ」 衝撃を受けた。 十年以上も会ってないうちに、忘れてしまっただなんて。 それに、あの口調はなんなんだ。昔の性格からして、成長しても変わらなさそうなのに。それは、自分があまりにも理想を高く掲げたからか。しかし、違和感が拭えない。 ショックが大きいせいで、無意識に『しおんにぃ』らしい男子生徒から離れていたらしい、その隙に男子生徒が朱音のことを一瞥した。 ゾクっ。 垂れ目気味であった目尻が吊り上がり、露骨に嫌そうな顔を雰囲気をも漂わせて、一斉に朱音に襲いかかる。 噤み、一歩たじろいていた朱音にさらに追い打ちをかける言葉を言い放った。 「──俺には兄弟はいないが?」 その後、頭が真っ白になり、見ているようで見てない目を向けて、呆然と突っ立っていた。 そんな朱音をよそに、男子生徒は落ちた教科書やノートを拾い上げ、さっさとその場から立ち去った。 それでもしばらく動く様子がない朱音に声を掛けたのは、二人の様子を見ていた大野だった。 「·····朱音、お前·····」 「しおんにぃが·····しおんにぃが·····」 目からぽろぽろと雫を流し、うわ言のように『しおんにぃ』のことを言っていたかと思えば。 「しおんにぃが俺のこと、忘れてたぁー!!!」 うわぁーん! と泣き叫んだ朱音に心臓が飛び出んばかりといったように目を見開いた、周りにいた人達と同じような反応をした大野は、「バッ·····っ! こんな所で泣くなよー!」とよしよしと宥めながら、恥ずかしそうに駆け足でその場を立ち去った。

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